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『現代の作家』中野 好夫(1955年)


野間宏 ―― 勤めに出てからも、小説は書いた。学生時代からの病気もあり、最初のうちは、家に帰ると、完全に疲れ切って、何も出来なかったが、それも次第に適応ができて、また書き出した。ただ出来上がったものは、当時すでに発表のできないようなものだったが、それでも書くことは、書いていた。面白いことは、事実が進んで、現実が厳しくなるにつれて、最初出発の時の純粋詩などというものは、もはや現実に対して、なんの作用もしないものだとわかって、これでは駄目だと思いながら、しかも一面ではやはりまだ魅力が感じられそこにまたまいもどってくるという、実に変なものだった。 104

ゆく春や 鳥啼き魚の目は泪  芭蕉

もう一度文学に帰るために、なにかやらなければならないという気持ちの方が先だった。
( 中略 )
『暗い絵』をかいたときには、私はまだ幽閉された人間であり、私のなかにつみ重なった戦争に対する抵抗のすべてを、全力をこめて言葉の中におさめようという風にしてかいて行ったのである。言葉は象徴主義的な使い方になっているが、しかし単に内的な使い方ではなく、肉体が対象にぶつかるという風ないみで外的な使い方もまじっているのである。タッチはあらい、肌ざわりは、でこぼこである。しかしエネルギーはある。106

『二つの肉体』や『頭の中の赤い月』などという作品をかいて、『暗い絵』のなかに既に出されているものを、それぞれ別個に取り出して拡大して行くにつれて、これらの問題を作家として、どう解いて行くかということが、自分の課題として出されていることを、はっきり自覚しはじめたのである。





めめ
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