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ベルトルト・ブレヒトの仕事3 野村修(責任監修)・長谷川四郎訳(1972)

ベルトルト・ブレヒトの仕事〈3〉ブレヒトの詩 (1972年)

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『あかんぼ殺しのマリー・ファラーについて』 9

1
マリー・ファラー、生まれた月は春四月だが
みなしごで、未成年、賞罰なく、クル病、
ふしだらとは見えなかったといううわさだが
このとおり殺しました、あかんぼを、と。供。
かの女はいう、二ヵ月ばかりのころだったか
あやしげな地下室に住む女の手を借り
二本の注射で堕胎しようとしたのだが
だめだった、ただひどく痛いめをみたばかり。
 しかしきみたち、待ってくれ、怒るのははやい
 生きものはみな、たすけあわねば生きられない。

2
でも、とかの女はいう、支払いはきちんとした、
もう隠せないので、おなかをきつくしばった、
アルコールを胡椒をぶちこんで飲んでみた
その効は、おっそろしく下痢しただけだった。
からだはひとめにたつほどにふくらんできて
はげしく痛んだ、ことに皿洗いをすると。
そのころには、かの女はまだしっかりしていて
マリア様にお祈りした、どうぞお慈悲をと。
 きみたちもまた、待ってくれ、怒るのははやい
 生きものはみな、たすけあわねば生きられない。

3
しかしお祈りはどうやら、ききめがなかった。
願いごとにはほどがある。その日が迫れば
朝の祈りのたびにめまいがし、汗が出た
冷汗とものも出た、御像を仰げば。
とはいえ誰も、そうとは悟りはしなかった
かの女のお産の月が追っているなどと。
だってさ、聞かされても誰が信じられたか
ぶきりょうなあの子に誘いの手があるなどと。
 そしてきみたち、待ってくれ、怒るのははやい
 生きものはみな、たすけあわねば生きられない。

4
その日、とかの女はいう、明けたか明けぬうちに
階段を拭く、と、おなかに爪をたてられた
ような気が。よろめく、振りまわされる、痛みに。
でもなお、なんとかかの女はそれをこらえてた。
一日じゅう、たとえば干しもをほしながら
かの女は脳をしぼる、辿りついた考え ――
生もうかしら。とたんに心臓がまわりから
しめつけられる。夜、やっとかの女は屋根裏ヘ。
 しかしきみたち、待ってくれ、怒るのははやい
 生きものはみな、たすけあわねば生きられない。

5
横になったと思うと、もういちど呼ばれた、
―― 雪が降りこんでるから拭きとっておくのよ。
おわったら一一時。ながい一日だった。
どうにかおちつけたときは、もう暗黒の、夜。
かの女はいう、生まれたのは男の子。それも
ほかの男の子とどこもちがってやしない。
だけど女がほかとちがってた。といっても
かの女をわるくいえるわけなどありはしない。
 きみたちもまた、待ってくれ、怒るのははやい
 生さものはみな、たすけあわねば生きられない。

6
ぼくにはわるくはいえないが、しかしいったい
この男の子がどうなったかは聞かせよう
(何ひとつ、とかの女もいう、隠しだてしない)、
そうすりゃ、ぼくやきみの性根も見えてこよう。
寝床に、とかの女はいう、這いこむとまもなく
たえがたい眠気に襲われた、でもじいっと
そんなときどうすればよいか知るはずもなく
ただこらえてた、叫びごえだけはあげまいと。
 そしてきみたち、待ってくれ、怒るのははやい
 生きものはみな、たすけあわねば生きられない。

7
死ぬ思いをしながら ―― だって嘔気ばかりかか
部屋の寒さもひどかった ―― ふらふらかの女は
手洗いに立つ、と、そこだった(それが何時か
憶えがない)、遠慮なく子が生まれでたのは。
朝が近づく。どうしたらいいかかの女には
こうなってはまるっきりケントウがつかない
だが雪が舞いこむ、屋根裏の手洗いには、
手はこごえる、じっと子をだいてもいられない。
 そしてきみたち、待ってくれ、怒るのははやい
 生きものはみな、たすけあわねば生きられない。

8
そこで寝床に戻りかけると、思いがけず
それまでおとなしくしてたのに、子はさわいで
泣きだした。なぜかいらいらして、いたたまれず
かの女は子を打った、叩いた、両のこぶしで。
すると、とかの女はいう、やがて静かになった。
それから夜のしらむころまで子に添い寝した
だきしめて、けれどもう子にはいきがなかった。
朝、その子を洗濯ものに埋めておいた。
 しかしきみたち、待ってくれ、怒るのははやい
 生きものはみな、たすけあわねば生きられない。

9
マリー・ファラー、生まれた月は春四月でも
最後、死んだのはマイセンの監獄のなか、
私生児を生み、殺し、罪せらた ―― としても
いったいどのいのちが弱点をもたないか。
きみたち、もし懐妊すれぱメデタイといい
きみたち、産の床はいつも清浄だった、
さあれ、ろくでなし呼ばわりはひかえてほしい
罪はおもいが、かの女の苦もまたひどかった。
 それだからこそ、待ってくれ、怒るのははやい
 生きものはみな、たすけあわねば生きられない。


『乗客』 180
数年まえ、ぼくが車の運転をならったとき
教師はぼくに
葉巻をふかせといった。そしてぼくの葉巻が
交通のはげしい場所や急カーヴで
消えてしまうと、かれはぼくからハンドルを奪った、また
走っているあいだじゅうかれは冗談をとばしていたが
ぼくが操縦に気をとられすぎて笑わぬと、かれはぼくから
ハンドルを奪った。おれは、とかれはいうのだった、
おれは心配になるんだ、乗客だからな、ぎょっとするよ
運転するやつがあんまり運転だけに
気をとられているようではな。

そのときから、仕事をするときには
仕事に沈みこみすぎぬよう、ぼくは気をつける。
周囲のいろんなことにも眼をとめている
ときには仕事を中断して、ひとと話しをする。
葉巻もふかせぬほどにつっぱしることは
もうしない。ぼくはおもんばかる
乗客を


『抒情詩にむかない時代』275

むろん知っている、幸福なものだけが
ひとに好かれる


2016_06


MEMO------------------------------------

『あかんぼ殺しのマリー・ファラーについて』 は各ヴァース、終わりの2行がリフレインになってる、ということに2~を読んでいくとわかる。さらに、(ああ、この終わりの2行は繰り返しなんだな……)とあたりが付くのとパラレルで……いや比例し、反比例し? ―― この2行の文字通りの印象と語り主の声が変化していく。
はじめは(ブレヒトお得意の警句か?)って思うんだけど読み進めていくと(詩中の女の人、しんどい人生だな……)から(虐げられる者、搾取される側、貧しくて教育の機会もなくて知識を得るチャンスにも恵まれない人間のきつさ! きつさときつい人生を生きた人間達への真摯な眼差し! 階級社会ってクソ!)と印象が移ろい、ブレヒトの静かなトーンの怒声 ―― 糾弾と寄り添い ―― が生ぬるい社会で生きる我が身にじわじわ効いて来て、その波がいつまでも引かない。
マルクスの影響下にある作品として白戸三平の傑作『カムイ伝』があるけれど、反骨と闘争、軋轢に摩滅していく肉と骨、流れる血の生臭さは『カムイ伝』、『あかんぼ殺しのマリー・ファラーについて』は前者より淡々と現実を描いてて、搾取される人間への眼差しは真っ直ぐで悼みがこめられ、フェア。それと同時に、動かしがたい社会構造や黒幕どもへの立ち位置もブレないので(感情や嫌悪感に突き動かされ、前のめりになったり胸倉つかまえたりしに行かない)、冷静さや貫徹される覚悟みたいなものを湛える。
また、この2行のリフレインはブレヒトの人生観、社会批判のトレースとして胸にせまるばかりか、読んでいくにつれ、記号である言葉の強固さと意味の面での変幻の豊かさの二面が際立ち、書く/読む言葉の特性をあぶりだしている。詩作の技術としても刺激の極み。








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Anderson .Paak - Am I Wrong (feat. ScHoolboy Q)

ベースラインとメロディが好き。それとグリッチのラップヴァース、そのブギー感!


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