和歌山バガボンド  ~読書と木工、ときどき空想~

黒髪ボブの三十路ピーターパンがWakayamaライフを着流しでスケッチ

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小説)狼たちの月/フリオ・リャマサーレス 木村榮一訳(2007)

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狼たちの月/フリオ・リャマサーレス 木村榮一訳(2007)
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●夜は匂いの語らい 43
光の色と肌理が記憶から消え去り、月が太陽に姿を変え、太陽が記憶に変わると、視線はものの形よりも匂いが語りかけるものに惹かれ、目はものを見るよりも風の言葉に耳を傾けるようになる。
夜が大地と空にしみこみ、人間の心と時間、それに記憶の奥にまで深く浸透して、すべてを永遠に包み込んでしまうと、後は本能だけを頼りに進むべき道を見つけだし、影の中を通り過ぎながら何の影か推測し、匂いと音が伝えてくる言葉を読み取るしかない。

●狼猟 186
「なあ」タバコに火をつけ、洞窟の冷たくごつごつした壁にもたれかかりながらラミーロが話しかけてくる。「鉱山で働く前の、まだガキのころに、向こうの」そう言いながら手で遠くを指す。「リアーニョの方のバルデオンのところで二月ばかり暮らしたことがあるんだ。あちらではいまだに、狼を追い込んで捕まえるという原始的なやり方をしているんだ。狼を見つけると、角笛を吹く。すると女、子供を合めて全員が追いこみをはじめる。この目で実際に見たんだが、誰も銃なんか持っちゃいない、みんな手に木の棒や缶を持っている。やり方は単純で、狼を待ち伏せして、徐々に両側が壁になっている断崖の方ヘ追い詰めてゆくんだ。その断崖の奥に向こうでは大穴と呼んでいる深い穴が掘ってあって、上に木の枝をかぶせて分からないようにしてある。狼が断崖の中に入ると、男たちがワーッと喚声を上げ、木の棒を振り回しながら狼を追いかけ、女、子供も缶をがんがん鳴らしながら木の陰から飛び出すんだ。狼はすっかりおびえて先ヘ先と進んで、わなにかかる。それを生け捕りにすると、人々がののしりの言葉を浴びせたり、つばを吐きかけたりするようにあちこちの村を引き回してから、殺すんだ」
ラミーロは誰も聞いていないような口ぶりでしゃべっている。ラミーロはタバコを吸い、遠くの山のほうを見ながらしゃべっている。その視線は、暗い影に追い詰められた太陽が凍りついた夜の底なしの大穴の中に沈んでゆく空のあたりをさまよっている。

●来ぬ蛇がため牛は啼く 208
以前、夜の間にヒルドの奥さんがオリーブ油の入ったつぼをカンダーモの墓地の、塀のそばに置いていってくれたのだが、そのつぼに牛乳を満たした後、一頭の雌牛の下の濡れた草の上に寝そべり、その乳房から直接ごくごくとあの蛇のように飲む。今蛇といったのは、遠い昔の少年時代に蛇が夜になると家の家畜小屋に入り込んで、雌牛の乳を飲んでいたが、その蛇を思い出したのだ。ある夜、父は家畜小屋に蛇の巣があるのを見つけ、突き棒で叩き殺したが、その牛たちが蛇を呼ぶために悲しそうな吠え声を上げていた。その声を聞いて妹とぼくは震えあがり、毛布の下で抱き合っていたのを今でもはっきり覚えている。
ぼくが殺されるとき、牛たちは果たしてぼくを呼ぶために鳴いてくれるだろうか。
太古から続く草と鉄の踊りを一晩中続ける。イリャルガの孤独な月の光を浴びているぼくの足もとでは、死が暗緑色のジグザグ模様を描いている。

●静寂という盟友 209
明け方洞窟に戻ると、静寂が洞窟の入り口までぼくを出迎えてくれる。静寂は通路を完全に満たし、薄汚れた霧のように岩の亀裂やレダマの茂みの奥まで入り込んでいる。
以前、ラミーロが生きていたころは、チラッと彼のほうを見るか、ひとこと言葉をかけるだけで静寂を追い払うことができた。しかし、今ではこのじめじめした巣穴をふたたび、そしておそらくは完全に支配している。静寂は時間のはじまる夜からここにすみついている。人の声では、その均衡を、山とぼくの心の奥に巣くっている静寂の深いうめき声を破ることはできない。
( 中略 )やがて、静寂が目の前にあって、いつも付きまとってくるが、これだけは避けようがないということを少しずつ受け入れるようになった。少しずつ、彼、つまり静寂が今の自分に残されたたったー人の友達なのだということを認めるようになった。
死を相手に長い戦いを続けている今では、静寂こそがぼくの最良の盟友なのだ。洞窟に戻ると、静寂はまるで犬のようにうれしそうにぼくを入り口まで迎えにきてくれる。

●マルティーナだけがぼくに気づいた 216
しかし、ぼくは雲のようなおぼろげな顔を見まわしているときにすでに気づいていた。電灯の光のせいで人々の顔はゆがみ、ぼんやりかすんでいるが、昔の教え子や近所の人たちを見分けるのはそう難しいことではなかった。どの顔にも過ぎ去った歳月と忘却の跡が刻みつけられている。どの顔も運命によって隔てられていて、もはやぼくにとっては近づきがたい顔になっている。どの顔もぼくがそばにいることにまったく気づいておらず、ぼくが無謀にもここまでやってくるとは夢にも思っていない ―― その点は、楽団員たちのそばで退屈そうに踊りを眺めている治安警備隊員も同じだ。
マルティーナだけがぼくに気づいた。彼女だけが、今から十年前に自分の腰を抱いてこの同じ牧草地でー緒に踊りを踊った相手の男を見つけ出した。ある日学校の先生として村に赴任し、愛していると言い、生まれてくるはずの子供たちの話をしたあの男を、戦争の黒い渦巻きが永遠に自分の人生から奪い取っていったあの男を認めた。
一瞬動きを止め、燃えるような目でぼくをじっと見つめた。
その後、誰にも気づかれないよう、夫を強く抱きしめて黙って踊りを続けた。




スケッチ ――
小説好きのみならず、諸芸術に関心のある人に激しく奨めたい一冊 ―― 訳者である木村榮一先生の言葉を借りれば、「読んでて白い炎があがった」大傑作だけれど、レコメンするとしたら相手のメンタルコンディションが気がかり。

スペインを独裁せんとする将軍フランコに抗い、戦いはじめた地方都市出身の若者たちはこの小説において冒頭から敗北の色濃く、いずれ捉われて殺されるであろう近未来の ―― 死神のつきまとう幕開けから更に戦局は厳しさを増し、同志はつぎつぎと奈落に蹴落とされる。

「救いがない」とは「救済」と対になった世界観だけれど、いま生きているのは救われようも逃れようもない状態と思い知っている人間の精神をなんと言おう? 孤独とは「孤独でない」立場に馴れているからこそ通用する語であり、「孤立」にしたって仲間や同僚、ちかくに他人が存在してはじめて成立する言葉だろう? 

ここに描かれているのはなんだ? なんなんだ?

たったひとり、夢もなく ―― どころか、未来も救いも仲間もない、助けとなった親も死に、群れた仇どもが日々、自分を探索し、跡をのこせば付け狙う、それも数年に亘ってだ……こういった物語と人間の精神に対し、備えも覚悟もなければ鼓膜を劈くのは死神の嘲笑い ―― 読書のすすみに伴って気持ちは落ち込み、現実世界への復元力が衰えるほどに痛恨の小説 ―― 『狼たちの月』は苦しい、痛い……淋しくて辛い。さらには感傷のはびこる隙がない(隙=行間は小説にとって柱であり肉、これに物語世界は作られるという原理からして小説は隙だらけなので、甘えやマンネリ、定型が巣食うのは定石にも関わらず、ストイックで痛切、硬派に貫かれている毅然の様はアゴタ・クリストフの超傑作『悪童日記』とで阿吽、運慶の削り出した仁王像のごとし)。

●狼猟 186
ラミーロの語り ―― 原始的な武器を手にした人間達によって捕らえられた狼が、見世物にされた揚句に殺されるというのは、この時点における彼自身の境遇が投影されていて、ラミーロを含めたフォーマンセル(主人公のほか二人が属している)にとっての悲劇的な予言として挿入されてもいる。

物語の終部、一団から主人公だけが生き残るが、山中に潜む自分への村人たちの好奇の視線や態度、慣わしや振る舞い及び政府権力に抗い、かつ、このラミーロの黒い予言にも対するかの如く抗戦する。
粘り強く、しぶとく、臨機応変に ―― この世でたった一人の、いや、一個体の動物へと変化する。

山林の、ブッシュの、ひとり潜み過ごす極限状態に対応する様 ―― あれは進化か?

『狼たちの月』には青年が狼と化すプロセスが描かれる。
主人公はジャングルに潜んで抗戦しているうち待ち人をひとり又ひとりと亡くし、帰路を絶たれる。

『死を相手に長い戦いを続けている今では、静寂こそがぼくの最良の盟友なのだ』(●静寂という盟友 209)

獣が炎を危ぶむように人は死を怖がるし、死への恐怖が人間の根源を司ってもいるんだろうが、主人公はこの恐れを均していく。
「死ぬ」という心の震撼や死への用心、抑え切れない瀕死や臨死へのイメージ ―― これが野生に反転する、とまでは言い切れないが、生きる知恵と技術を獲、山間でサヴァイブする主人公は死への動揺を滅する(自力とばかりは言えないが)。
ざわつきやさざめき、おそれに波打つ心音、動悸周辺からよわさの印象が一掃される。よわさ ―― よろめき、ふらつき、飢えようが凍えようが殺されかけようが、グラつかなくなった主人公からは音がしない。畏れや淀みに躊躇い ―― 彼の立ち居からよわい音、情けの音は聞こえない。

ここに「静けさ」の秘蹟が? 

静けさを湛えた主人公は草や木、土に葉、汗と血に他の獣たちの死臭が混ざり皮や髪や服に沁み込み、もう消えなくなっている。帰る場所はない。棲家なら作ったが、それもいつ壊れるかわからない。待つのは人じゃなく死だ、自分を追いかける連中に殺されるか、野垂れ死にか。極限に置かれた主人公は甦る。山林の獣たちか野生を認められ ―― というよりも彼らを凌駕し、山間部に君臨する。さながら食物連鎖《ヒエラルキー》の頂点に切り立つ狼のように。

家族、村社会、共同体 ―― 時代のせい、歴史のせい、生まれのせい ―― ワケはどうだかわからないが、なんにせよ平和に居られなかった一人の人間が転びに転び、気づけば野生の頂に登りつめている。不便で不潔、生傷の耐えない暮らしや殺しに来る連中がいる状態、警戒を解かず暮らし続けなければならない境遇に応じた主人公は、危険を顧みずに一時、祭りに沸く村に立ち入る。なにもかもがあの頃と変わらず、そして、あらゆるものが変わっている。交錯する視線 ―― ひとりの女、かつての恋人が主人公を見つめている。

『一瞬動きを止め、燃えるような目でぼくをじっと見つめた。
その後、誰にも気づかれないよう、夫を強く抱きしめて黙って踊りを続けた』

無粋を承知で書くが、「燃えるような目」とは眼差しという火による弔いであり(主人公への、主人公の境遇への、時代への政治への繰り返された死と暴力との悲惨への、そして甘い記憶と思い出への)、口をつぐんだ踊りとは彼女からの黙祷だったろう。

葬儀の静謐さ。

この小説は強大で醜悪・凶悪な権力下にある時代と、そこに生きた人間の有様が ―― 自然と宿命、感覚と事実、動物と植物、状況と場、現在と過去、未来と悪寒、死と詩に編まれ ―― 群像と孤、生々しい定めがひんやりした痛切さに語られる魂のレポートであり、ノワールでありハードボイルドだった。

くわえ、ラミーロのことを思い返そう。
ラミーロは主人公にとって年上の男であり兄かつ父的な存在でもあったっぽい。ということは、ラミーロの死との直面は主人公にとってなんだ? ラミーロ ―― その儚みと憂いによって、体力と年齢の限界によって ―― いずれ殺されたであろうラミーロ、だが彼の直接的な死因は主人公の行動が招いた。彼はラミーロを殺した、父を殺したんだ。いわば伝統的・宿命的な関係性だ、繰り返される父親殺しだ ―― 流れのまま、若さのまま、あるがまま激情のまま人に時代に恋人に請われるがままに戦争に、そうだ、人生に臨んだ青年が変わり行く様を、安易な夢や希望、感傷に落とさず、ストイシズムに描かれたビルドゥングスロマンでもあった、そういう小説でもあった、この『狼たちの月』は。

そういえば『黄色い雨』はリャマサーレス版『マロウンは死ぬ』だった、と対比すればリャマサーレスの特徴がよりクリアに掴めそうな気がする(もちろんベケットについてもアップデートできる)。いずれやってみたい。

2016_7


●LINKS --- フリオ・リャマサーレス
『無声映画のシーン』
http://bibobibobibo709.blog.fc2.com/blog-entry-156.html

『黄色い雨』
http://bibobibobibo709.blog.fc2.com/blog-entry-157.html

『狼たちの月』
http://bibobibobibo709.blog.fc2.com/blog-entry-158.html


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