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【 MEMO 】ポール・スミス モダン・トラッドの英国紳士

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映画を見ながらぜんぜん関係ないことを考えていた。

スマホやタブレットなど板状のデバイスで写真を撮るとき、いわゆる「カメラ」でシャッターを切るときと全く違った体感がある。そうじゃない? おれはタブレットでは撮影できないよ。出来ても、メモだね。簡単で、メール送信が楽で、それで用が足りることも多い。でも、対象を撮るといった気分にはなれない。

写真を撮れるっていうのは、世界が自分にその姿を見せてくれている(覗いてもいいよ、という特権を与えている)という信頼感があるからこそ、かな? 自分とは、世界を見るために器だ、という信頼感……信頼感。信頼っていうか……自分には「風景が見える」という自信というか。自分が見ているのは「風景だ(本物の)」という幸福な誤解 ―― カメラ=立ち会いの特別パスポートを持たされているみたいな。

たとえばさ、出産の立会いには、よっぽど親しい人(基本は配偶者)しか呼ばないよね、産婦は。それと似たような感じかな。呼ぶ側じゃないよ、呼ばれる側としてだ。世界が自分を呼んでいる(拒んでいない)という肯定感(昂り、奢り、優越感)。それは透明なんだけど……親密な関係にシェアされるSMプレイみたいに、根っこには信頼感がある、気がする。信仰もイデオロギーもないから、神も秘訣もなくて、世界となんてコミュニケーションできないし、「呼ばれる」とか「許される」なんて、たんなる思い込みなんだけど。

許されるって、言ってなかったっけ?

ああ……そうだっけ。

自己不信感でむちゃくちゃになってる人はレンズを覗けないんじゃないかな。

おれも長いあいだ、しんどかった。カメラなんて触りたくなかった。
ここ1、2年 ―― また写真を撮るようになったのは、撮影が求められるチームに入ったこと、それと、仕事になってきたこととがあったから。

昔みたいな写真は撮れないよ。撮りたくも無い。痛切でナルシスティック。じぶんのそういう面とは付き合いたくない。うんざりしてるんだ。画面がきれいにできてるほど、薄汚く感じる。でも、いまでも「あなたの写真はいい。好きだ」って言ってくれる人がいて、どうしたらいいかわからなくなるね……。売って欲しい、と言われて見返す。すごく辛いんだけど仕事だからやる。100枚に1枚くらい、「これは凄いな」って今でも感じる写真がある。でも、それは「写った」という奇跡に感激してるんであって、その場にいた自分のことや、それを撮れた前提 ―― ナルシスティックな写真をものにしようと繰り返しシャッターを切った自分のことは消したい。ああいう写真を撮るというモードがなければ、世界に「拓かれる」ことがないとしたら、それでいい。迎えられなくていいって思う。

この映画のなかで、面白いセリフを聞いた。

「ポール・スミスはアメリカでいうところのラルフ・ローレン」 ―― VOGUE 誌の編集者。

編集者は男性だった。珍しいね。珍しくないか。たしか本家のヴォーグの編集者が男性になったとか、何年か前に聞いたな。くだんの編集者? 彼がゲイかどうかがわからないよ。白人だった。おしゃれなスーツ。茶色の口ひげの両端が、画家のダリみたいにピンと上に跳ねてた。つまさきにザリガニがいたかもしれないね。

ポール・スミス。ソフィスティケート。タイやチーフにしても、仕上げのところがガーリーだったりする。ちょっとしたおしゃれ感、こだわり感。ただ「ロックテイストを取り入れている」と堂々と言ってしまうところが迎合主義というか、都合がいいというか。なんでもポール・スミス的なフィルターにかかって洗練される。

同時に、モチーフにされた音楽やファッション、時代が備えていた野蛮さや毒気が抜ける。安パイ ―― 棘がない薔薇を、薔薇と呼ぶのか? 経済社会とか流行既成概念の中に甘んじてるブランド。セルアウト。ハイブランド以上の知名度がありながら、ファッションのファンからは……ひょっとしたらユニクロ的なイメージが持たれてる? そうかもね。ガチがちのパンクやロッカーは「取り入れている」なんて言われたら中指立てるだろうし、ポールに。ポール。きっとすごくセンスのいい人。15歳で店番かなんかはじめて、身ひとつで世界的なブランドを立ち上げた。協力者とも出会った。デザインも友人からの手習いと、あとはみんな自己流らしいよ。

(ポール・スミスはタオル2枚とハンカチ持ってる。貰い物)


ポール・スミス モダン・トラッドの英国紳士
https://goo.gl/ujszgx
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