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台詞の風景/別役実(1984-初版 (1991-Uブックス




台詞の風景別役実(1984-初版 (1991-Uブックス
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●人間心理 ~疑われている人間
常に疑われている人間は、疑われることに対して鈍感になるものだと、一般には考えられているが、実はそうではない。常に疑われている人間こそ、どんなささいな事柄であれ、間違って疑われることに耐えられない。その点こそ、彼らの譲ることの出来ない唯一のことだからである。 133

ベケット空間の力学的構造 218
近代劇空間というものが、舞台の三方の壁から集中的に空間の性格づけをするのに反して、ベケット空間では、中央にあるオブジェが遠心的に、きわめて拡散的に、それを性格づけようとしている。

ベケットの舞台設計 221
(彼のバイオグラフィを辿ると)「情景舞台」「指示舞台」「裸舞台」と推移し、その「裸舞台」から「視覚の虚飾」をはぎとり、より「裸」であることの実質を確かめようとした作業過程の連続上にあるのが、一連の後期作品だろう。

 三分類の特徴 ~舞台上にある一本の木を観客にどう見せるか
 情景舞台 ―― 「砂漠の中の一本の木」として読み取らせる
 指示舞台 ―― 「紙と針金で作られた木らしく見えるオブジェ」として読みとらせる
 裸舞台  ―― 「空間の性格づけとなんの関係もない単なるオブジェ(それが本物の木であっても構わない)」として見せる
 (219)
 
ごく簡単にいって、これは「演劇」から「演劇」的虚飾をはぎとってゆく過程と見做すことが出来るだろう。(ベケットは「視覚の虚飾」をはぎとろうとした ―― 220)

ベケットというスフィンクス ~或いはヨーロッパ近代的知性の陰画 225
恐らく彼は、きわめて論理的に、そして方法的に、自閉的であり、分裂的であることを試みているのだ。その点で私は、やや奇妙な話しには違いないが、ベケットにヨーロッパにおける近代的知性の、最も頑固な体現者であることを感じる。だから、もしこういう言い方が許されるなら、ベケットはヨーロッパにおける近代的知性の崩壊を、「演劇」構造と通じて自ら崩壊してみせることで、証明しようとしたのかもしれない ――
現在我々の「演劇」は、ヨーロッパにおける近代的知性がもたらした「演劇」それ自体の意識から、「演劇」が伝統的に「演劇」であった事情に拠って次第に解放され、新しく動きはじめているが、しかし今後、それぞれの作業過程で、それが方法的であるかないかを確かめなければならない時、我々は何度も、このベケットの作業に立ち返らなくてはならなくなるだろう。「ベケット演劇」は、あたかもスフィンクスのように、我々の「演劇」にとっての致命的な陥穽を用意し、そうすることで、我々の今後の「演劇」を「演劇」たらしめるべく、常に刺激し続けるであろうと、私は考えるのだ。 













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