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新しい文学のために/大江健三郎(1988

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新しい文学のために大江健三郎(1988
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文学的イメージは、概念的・抽象的な説明でなく、もののように肉体をそなえた、ひとつの総体であって、分割しえないそのかたまりのうちに、僕らは生きている多様な意味を読みとる。それは現実世界のある事物、ある人間が、よく観察するかぎり ―― つまり「異化」する眼で見るかぎり ―― 、記号のように概念的・抽象的な意味のみをあらわすものでなくなるのと同じである。

●異化 
 ~ロシアンクリティークを応用しながら実践的な方法論を立ち上げる
●読み手でなく書き手としての読解にいざなう
  ~能動的な読書には生き方や社会を変える可能性がある
●祝祭《カーニヴァル》
●道化・アウトサイダー・トリックスター・奇形児
●グロテスク・リアリズム・マージナリティ
●神話的な女性像・母性的な存在や気配
●子供たちの存在 ~終焉と誕生のイコン
●小説的・執筆的・読書的な「想像力」について
 ~「想像力」という言葉や働きを“異化”する試み

大江さんの文学的テーマが何かおれは知らないが、人間が差別や蔑みを乗り越えたり、そうではない別のなにかへと社会をすこしづつでも変えていこうという提案も含まれていとするならば、大江さんが文学的な問題・方法論・実践的な自覚として柱にしている「トリックスター」や「道化」、「不具者・畸型者・身心に障害をもつ者」の意図的な作中への挿入は、たとえ洗練されようと絶対的な差別観に収まるというか、むしろ積極的に加担してしまう。政治信条、人生観、善悪の自覚うんぬんという心情的な問題ではなく、構造的 ―― メカニズムとしてそうなってしまう ――
アウトサイダーや障害者を描くというのは差別をあばき、あらわにし、さらに作中の文脈に落とし込んで(人物や物語が作者を動かす面はもちろんあるだろうが)作品として強いものにする、説得的な物語に仕上げるというのは、被差別を裏返し、無自覚に差別する連中や社会に申し立てをするという機能 ―― 執筆行為なので、どうしたって障害者への軽蔑や差別を利用する形になってしまい、彼ら彼女ら障害者を描こうとした動機《はじまり》には「おなじ人間じゃねえか、ばかやろう」という不当な扱いへの叫びだとか権利・生存・存在の等しい希求があったにも関わらず、おそらく、おうおうにして、このタイプの作品が完成度をほこり、訴えとして力ら強く意味有るものになればなるほど、結果的には永遠の対立に転化してしまうというパラドックスを、大江さんはどのように回避/受容しているのかが気になっている。













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