和歌山バガボンド  ~読書と木工、ときどき空想~

黒髪ボブの三十路ピーターパンがWakayamaライフを着流しでスケッチ

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夜になるまえに Antes Que Anochezca

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夜になるまえに Antes Que Anochezca/レイナルド・アレナス 安藤哲行訳
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章題
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初めに/終わりに
石ころ
小さな森

学校
教会堂
井戸
クリスマスイヴ
取り入れ
にわか雨
見世物
性衝動
暴力

夜、祖母


政治
オルギン
エル・レベージョ
降誕祭
反逆者
革命
学生
ハバナ
フィデル・カストロ
讃歌

芝居と農場
ラウル
農場との別れ
図書館
図書協会
ホモの四つのカテゴリー
ビルヒリオ・ビニェーラ
レサマ=リマ
ぼくの世代
旅行
エロティシズム
ホルヘとマルガリータ
聖女マリカ
アブレウ兄弟
超スターリン主義
製糖工場
オルガ・アンドレウ
バディージャ事件
オルギン訪問
ネルソン・ロドリゲス
結婚式
逮捕
逃亡
生け捕り
刑務所
ビジャ・マリスタ
ふたたび、モーロ
<開放>刑務所
通りで
ホテル・モンセラーテ
さよなら、ビルヒリオ
マリエル
キーウェスト
マイアミ
亡命
魔女たち
マリエル誌
旅行
狂気
立ち退き
前触れ

別れの手紙
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―― 初めに 終わりに

一九八七年の冬、ぼくは死ぬつもりだった。ひどい熱が何ヶ月も続いていた。医者に行くとエイズと診断された。日ごと体調が悪くなっていったので、マイアミ行きの切符を買い、海の近くで死ぬことに決めた。何がなんでもマイアミというわけではなく、海辺であればよかった。だが悪魔もお役所仕事をするのか、人間が望むことはなんであれ手間どるものらしい。たとえ死ですら。
実のところ、死にたかったというわけじゃない。しかし、希望のない苦しみや痛みのほか選択の余地がないなら、死のほうがどれほどましか。p9(作品の冒頭)


この世を去れば、あいつは老いぼれたという非難に耐えなくてもすむ。
病院からアパートに帰ったとき、一九七九年に死んだビルヒリオ・ピニェーラの写真が貼ってある壁まで這っていき、「ぼくの頼みを聞いてほしい。仕事を仕上げるのにあと三年生きてないといけないんだ。ほぼ全人類に対するぼくの復讐となる作品を終えるのに」と話しかけた。<中略>そんな捨て鉢な要求をしてからすでにほぼ三年がたった。ぼくの最後は差し迫っている。最後の瞬間まで平静でありたい。
ありがとう、ビルヒリオ。
ニューヨーク、一九九〇年八月   p17


―― 石ころ

ぼくは二歳だった。裸で、立っていた。前かがみになって、地面に舌を這わせた。ぼくが覚えている最初の味は土の味。同じ年の従妹ドゥルセ・オフェリアといっしょに土を食べたものだった。ぼくは痩せていたが、土をたくさん食べるために腹に虫がわき、そのせいで腹がひどく膨れていた。ぼくたちは家のランチョで土を食べた。ランチョというのは家畜が、つまり馬や牛、豚、鶏、羊が寝るところだった。
土を食べるので誰かに叱られたものだった。<中略>ある日、腹がすさまじく痛くなった。p19


母はとてもきれいな、とても孤独な人だった。男は一人しか、つまり、ぼくの父しか知らなかった。愛されたのはたった数ヶ月だった。父は遊び人だった。<中略>父の家族に会ったことはないp20


ある夜、もうベッドに入っていると、母がぼくがまごつくような質問をした。母さん死んだらとっても淋しい、と訊いたのだ。母に抱きついて泣きはじめた。母も泣いたと思う。そして、いま訊いたことは忘れて、と言った。後になって、いやたぶんそのとき、母が自殺しようとしていることに気づいた。ぼくがその計画をほごにさせたのだ。p21


家の中心は祖母だった。祖母は立って小便をし、神と話をしていた。日照り、ヤシの木を引き裂いたり馬を殺したりする雷、手のほどこしようのないような病気にかかって死ぬ牛、家に帰ると暴力をふるう酔っぱらいの祖父、そうした、ぼくたちに降りかかってきたりぼくたちが耐え忍んでいる災難に対する釈明を神や聖母に求めていた。<中略>家で男といえば祖父だけだった。p23



―― 小さな森

木々にはよじ登る者だけにしか分からないような秘密の生活があった。木に登るということは一つの比類ない世界を、リズミカルで魅惑的な調和のとれた世界を発見していくことだ。<中略>あらゆる生き物たちがぼくたちに秘密を打ち明けてくれる。
あるとき、そうした木々のあいだを歩いていると胎児を見つけた。きっと流産したか、単にもう子どものいらない伯母の一人が草の上に棄てたかしたのだ。いまぼくは疑問に思っている。蝿のたかったあの小さな肉体が胎児だったのか、生まれたばかりの男の子の遺体だったのか。p24


五歳のとき、当時とすれば致命的な病気、脳膜炎にかかった。その病気にかかるとたいてい助からなかった。<中略>祖母はグアヤカン出の有名な降霊術師が司式する教会堂にぼくを連れていった。<中略>よじ登っていたプラムの木のてっぺんの枝が折れて地面に落ちたとき<中略>も助かった。手なづけようとしていた野性の馬から落ちて石に頭をぶつけたときも無事だった。板切れを何枚か組合わせただけの井筒から転がりおちたときでさえ助かった。幸い、井戸の底は水でいっぱいだったからだ。p25


―― 川

時がたつにつれ、川はぼくにとっていちばん謎めいた場所になった。川の水はひどく曲がりくねったところを進み、まっさかさまに落ち、黒い水たまりを作りながら海へと向かった。その水はもどってはこなかった。雨が降り嵐が来ると、川は鳴り響き、その轟音が家まで届いた。激怒しながらもリズミカルな音をたて何もかも押し流した。p27


祖母や同じ年頃の従兄弟たちといっしょに川辺を歩いていると、三十人あまりの男が裸で泳いでいるのが見えた。地区の若者がみんなそこにいて、岩の上から川に飛び込んでいたのだった。
その男たちの体を、その性器を見たのが一つの啓示となった。つまり、明らかにぼくはその男たちが好きになったのだ。<中略>びしょ濡れの体が水をしたたらせ性器を輝かせているのを見るのが快かった。<中略>六歳だったぼくはその若者たちをうっとり眺め、美の輝かしい神秘に恍惚となっていた。翌日、ぼくはマスターベーションの<神秘>を発見した。むろん、六歳では射精できなかった。それでも、あの裸の男の子たちのことを考えながら痙攣するまで性器をこすりはじめた。快感と驚きがあまりにも大きかったため、死ぬんじゃないかと思った。マスターベーションというものを知らず、それは正常なことじゃないと思っていた。いつ死ぬかもしれないと思いながら失神しそうになるまでしつづけた。p27



―― 学校

そのころの(十代の前半)ぼくのセックスの相手は動物だった。まず、牝鶏、子山羊、豚。もう少し大きくなると、牝馬。牝馬をものにするのはたいてい共同作業だった。男の子はみんな牝馬の高さになるまでに岩に登ってその快感を味わったものだが、それは熱い、そして、ぼくたちにとっては果てのない空洞だった。p30


土を食べるということはまったく文学的なことでもなければセンセーショナルなことでもない。田舎ではどの子もそうしていたのであり、魔術的リアリズムやなんかとはまったく関係がない。何かを食べなければならなかった。そして、あったのが土だった。p31


オルランドがおおいかぶさるようにして後ろからぼくに突っ込んでいるあいだ、「これでもう逃げ道はない」と思った。そう思ったような気がする。オルランドにやられながら母のことを考えていた。p32


―― 井戸

ある日の午後、井戸へ水汲みに行った。井戸は家のすぐ近くにはなかった。田舎の家がどうして井戸のそばに建っていないのか、ぼくには説明がつかない。<中略>
井戸の後ろに祖父がいた。頭から手桶で水をかぶっていた。祖父は突然振り返った。すると、金玉がすごく大きいことが分かった。そんなに大きなものは見たことがなかった。ペニスは立派で、とりわけ睾丸は巨大で毛深かった。ぼくは水を持たずに家に帰った。祖父の裸姿に動転していた。その後長いあいだ、ぼくは祖父といっしょにいる母に嫉妬した。頭の中では母は祖父のものになっていた。
祖父がその大きなペニスと巨大な睾丸で母を犯しているところを見ていた。実は、自分が母に嫉妬していたのか、それとも祖父になのか分からなかった。たぶん二重の嫉妬だったのだろう。p35


―― エル・レページョ

(おおきな売春宿<境界>)という名は言いえて妙だった。というのも、いったんその地区に入ると文明や偽善といった垣根を乗り越えてしまうことになり、何が起きても不思議ではなくなるからだ。住んでいる人間のほとんどが犯罪者や売春婦だった。<中略>エル・レページョと呼ばれていたが、それというのも、フロアで踊る女たちが、踊るというよりは男のペニスをこすっているにすぎないような腰の振り方をするからだった。壁紙みたいにあとで剥がしにくくなるものは円を描くように貼りつづけていくものだが、そうした動作をレページョと言い、そこではまさしく女の性器が男のそれのまわりを回っていたのだ。曲が終わると男は女をセックスに誘い、二、三ペソ払って通りの向こう正面にある家ですることになる。p67



―― 逃亡

(1973の夏、海岸で逮捕~収監~脱獄~)カストロは、即刻ぼくを見つけなければならないという命令を出していた。監視体制がこれほど完璧に機能している国なのに、ぼくはもう二ヶ月も警察の手から逃げ、文章を書いて外国に送っている、そんなことがあってはならかったからだ。p240


ときどきぼくは夜、ライターの火の光で『イーリアス』を読みつづけた。p241



―― 刑務所

若い男の子たちが着くたび、<新鮮な肉>と呼ばれて、そうしたごろつきたちに強姦された。指揮官たちは鋲を打った棒を持っていて、拒否する者にはその鋲を脚に突き立てた。拒むのは難しかったのだ。まず男の子たちは指揮官のペニスをしゃぶり、そのあと、されるがままになった。そうしないと脚に鋲が突き刺さった。耐えきれなくて自殺した子が何人かいた。p254

敵対する囚人のグループが性的問題がもとでその子を吊るしたんじゃないだろうか。<中略>殺したあと吊るして自殺を装ったのだろう。
こうした見せ掛けの自殺の場合にも政府の手がのびていることがあった。一般囚ばかりの監房には国家公安局の人間たちが混じっていた。<中略>そうした連中は闇につつまれており、刑務所では誰をもナイフで刺し殺すことができた。<中略>囚人を一人殺すと、処刑されるのだと他の囚人に思わせるようにして監房から連れ出され、二度とぼくたちの目には触れなかった。p260



―― マイアミ

ぼくが二十年にわたって耐えてきた暴政を告発しはじめると、それまでぼくの本を売ってかなり稼いでいた出版者たちまでが、陰でこそこそとぼくの敵にまわった。<中略――実名を挙げての告発がある>ぼくはふたたび戦いが始まったことが分かった。だが今度はずっとこそこそした戦いだった。p371



―― 魔女たち

魔女たちはぼくの人生でとても重要な役割を果たしてきた。まず、ファンタジーの世界を支配し、平和的で霊的な存在と思えるような魔女たち。そうした魔女たちは祖母の想像力を介して幼年期の夜を神秘と恐怖で充たし、やがてぼくに『夜明け前のセレスティーノ』を書かせることになった。だが別の、生身の魔女たちもぼくの人生で支配的な役割を果たしてきた。っとえばマルーハ・イグレシアス。みんなはマルーハのことを<図書館の魔女(プルーハ)>と呼んでいた。<中略――マリア・テレサ・フレイレ・デ・アンドラーデ、エリア・デル・カルボを挙げ、うつくしい献納のような響きとして敬愛の念が吐露されている>実のところ世界は魔女にあふれている。思いやりのある魔女もいれば冷酷な魔女もいる。だがファンタジーの王国ばかりか現実の王国も魔女たちのものなのだ。p380



―― マリエル誌

マリエルからやってきたキューバ人たちの小さなグループがニューヨークにあり<中略>いろんなことを話し、批評し、読んだ。ときには仮装パーティが開かれ、みんな仮装して出かけたが、鏡を見て自分と分からないくらいだった。<中略>
マリエル誌を創刊することになった。<中略――資金難などを乗り越えて>創刊号は一九八三年の春に出て、ホセ・レサマ=リマに捧げられた。それはキューバにいたころフアンとぼくが長年抱いていた夢であり希望だった。「ああ、潮よ」とぼくたちが呼び、レーニン公園で非合法的に作っていたあの雑誌の再生みたいなものだった。<中略>他の亡命者たちを、むろんフィデル・カストロをびっくりさせるような雑誌にしなくてはならなかった。<中略>誰とも仲良くせず、偉大な作家たちに敬意を払い、偽善者たちの仮面をはぎ、マイアミにいる大集団の特徴であるブルジョワ的な倫理観に対抗するものだった。<中略>キューバの同性愛を特集し<中略>保守反動的である社会の偏見に苦しむ人たちにイタヴューした。その雑誌はリベラルな知識人の小グループを除けば迎え入れられなかった。当然、合衆国の浮かれた左翼にも、その左翼の偽善者たちにも共産主義者たちにも、全世界に、とりわけ合衆国に散らばっているキューバのスパイたちにも気に入られなかったし、むろん、マイアミの女流詩人たちにも気に入られることがなかった。<中略>ぼくたちは人前をつくろう必要がなかったし、なんらかの地位を得たいと願ってもいなかった。ぼくはアメリカ市民になりたいとは一度も思わなかったし、いまも思っていない。<中略――怖気づいたメンバーの脱退、経済的困難などあって>亡命文学にとって、またキューバ文学全体にとっても本当の挑戦となっているような号がいくつか残ることになったのだ。
当時のもう一つの大成功はネストル・アルメンドロスとオルランド・ヒメネスの映画「あるまじき振る舞い」だった。その映画はキューバでの同性愛者たちが、そして、フィデル・カストロ体制の中で保守的な態度をとらない人間みんなが体験する迫害を堂々と告発した、最初の重要なドキュメンタリーだった。
カストロ政府はその映画をひどく気にして<中略>ホモのグループを作り、キューバではホモを迫害していないことを講演して話しながら世界を回る任にあたらせた。<中略>そのホモたちは<中略>聴衆の前で<中略>本来以上に女っぽくしなくてはならなかった。p385



―― 旅行

ある夜、運命の悪戯で、アメリカの権威ある大学の学長の邸宅にいた。<中略――世界的名声を得ている作家がたくさん>ぼくを最も震えあがらせた人物の一人がカルロス・フエンテスだった。<中略――コンピュータのように、どのような質問にも的確に、完璧な英語、疑問や抽象にとどまっている情感などなにもないかのように、明晰に、百科事典のようだった>ぼくが考えている作家像とは対極にあった。p394



―― 別れの手紙(死ぬとき、何人かの友人に宛てた文章)

前略
不安定な健康状態、書きつづけることもキューバの自由のために闘いつづけることもできないときに感じるすさまじい憂鬱がもとで、ぼくは自分の人生に終止符を打つ。ここ何年かのうちに、症状はひどく悪化しているように感じていたが、ぼくはほぼ三十年にわたって取り組んできた文学作品を終えることができた。そこで、あなたたちにぼくの恐怖をすべて、だがまた、まもなくキューバは自由になるという希望をも形見に残す。その自由の勝利のために微力ながら貢献できたことに満足している。ぼくは自ら進んで自分の人生に終止符を打つ。なぜなら働きつづけられないからだ。ぼくのまわりの人たちは誰もこの決定に関わっていない。責任のあるものは一人だけだ。それはフィデル・カストロ。亡命の苦痛、流浪の苦難、流浪中に身につけたのかもしれない病気や孤独。自分の国で自由に暮らしていたら、そうしたものに苦しむことはなかったのかもしれない。
亡命しているキューバ人にも、また、島にいるキューバ人にも、自由のために闘いつづけるよう勧める。ぼくのメッセージは敗北のメッセージではない。闘いと希望のメッセージなのだ。
キューバは自由になる。ぼくはもう自由だ。


(署名)
レイナルド・アレナス


公表されることを  p412



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―― 解説:安藤哲行/海、自由と束縛

『ふたたび、海』が中心となる五部作(pentalogia ペンタロヒア)を、アレナスはペンタゴニア(Pentagonia = penta + agonia)つまり、<五つの+苦能>ともじった。一作ごとに違った苦しみを味わうはずの作家の側の事情を別にすれば、その五つ苦悩は一つの苦悩が形を変えて語られたものと言うべきだろう。つまり、田舎の因習、マチウモ、性的差別、強権政治等々、様々な抑圧に対して自由にを求めることから生まれる苦悩。p419


アレナスを世界的な作家に押しあげたのは、小説の書き方の実験場とも言えるこの五部作ではない。アレナスといえば、誰もがまず『めくるめく世界』(六九、脱稿六六、邦訳・国書刊行会)を連想するだろう。メキシコ独立戦争時に活躍した司祭の自由への闘いを描いて六七年にフランスのメディシス賞を受賞したこの小説はいわゆる魔術的リアリズムの傑作として名高い。だが、そのせいでアレナスをその範疇の作家として分類・整理してしまうきらいがある。魔術的リアリズムはアレナスにとっては一つの方法でしかないのだが。p421


アレナスはカストロ政権に異を唱えたが、亡命先のアメリカをも嫌って市民権をとらなかった。キューバ人でありつづけようとした。つまり、国を出たが、棄てはしなかったのだ。「追放者が生きられる場所はどこにもない。そんな場所は存在しないことが分かっている。……亡命地では人は幽霊に過ぎない。自分の完全な現実には決して到達することのない誰かの影に過ぎないのだ。亡命地に着いてからぼくは存在していない。そのとき以来、ぼくは自分自身から逃げはじめのだ」。アメリカでアレナスは初めて、望郷という感情を味わう。』p425




スケッチ------------------------------------

アレナスは親友や親族という近しい人たちの密告で貶められ、功名心に利用され、痛み苦しむ。でも、執筆をやめない。政府筋にバレたら即逮捕され、殺されるかもしれなかったのに、彼は書き続けた。森で、小道で、あばら家で。追っ手の気配を背後に感じながら、それでも書き継いだ。


アレナスの小説はどこからが事実でどこからが想像の記述なのかわからないのだが「ある日、腹がすさまじく痛くなった」というような一文があるため、幻想に溺れる印象がない。これはアレナスの平均感覚だろう。魔術性/幻術性/官能性に富んでいる小説は現実や実感から乖離/矛盾しない。


アレナス作品において「井戸」は重要なモチーフだ。
かつて「井戸」はアレナスを転落死から救い、このときアレナスは「井戸」の胎児になった。言い換えると、井戸はアレナスを孕み、産まなかったといえる。手放されない子、子離れしない水、母性 ――
「井戸」には母性や地球や命の源というイメージが備わっている。


アレナスは十代の中ごろから街や自宅や海で男同士の性行為の虜になるが、「熱病に犯されたかのように交えられるデカダンな同性とのアナルセックス」には欲望や性欲の処理としてだけ行われてはいなかった。そこには自由の体現やファシズムへの反発、また緊密な「死」との関わりがあった。彼の性に対する意識はどこかコミカルで渇いてもいて、コケティッシュな呟きも具わる。アレナスの作品群は深く重たい主題を突きつけるが、読感がけっして苦しくなく、一筋縄でもないのには、こういった性に対するアレナスの意識が複雑かつユニークであることにも拠るだろう。それと生まれ育ったキューバの気候、風土、生きている人たちの心模様 ―― おそらくは赤く燃える大きな太陽など、アレナスを培った要素の豊かな作用や影響と。


フィデル・カストロは権力欲の塊 ―― 邪魔になれば同志もどんどん処刑する ―― クソ野郎のガチガチのファシストで、こいつの正体を知ってから知らずか ―― 礼讃したのが他でもないガルシア・マルケスだった、という見解がある。その代表格はキューバで生まれキューバに翻弄されキューバに弾き出されキューバに帰れずに自殺したレイナルド・アレナスだ。カストロはクソだ、という意見も鵜呑みにはできないが、ノーベル賞受賞者のマルケスが言ってるんだから正しいだろう、彼が言うってことはノーベル賞選考委員および世界の知識世界のお墨つきみたいなもんだろう? というのはとんでもなく、とんでもなく浅はかで、キューバ人作家のアレナスがどうカストロを批判し、マルケスを皮肉で撃っているか ―― 興味がある方はp360~を読んで欲しい。無論、それはアメリカに(ヨーロッパに・他の地域に)暮らしながら、カストロやキューバ政府を支持した人たちへの批判につながるし、そして、アメリカに保護され、アメリカに暮らし、アメリカで死ぬことになった自己への疑いや迷いに直結する。アレナスは書くほどに絡まってゆく人生を、それでも書いて生きた。


これは愛だろうか?


ビルヒリオ=ピニェーラへの謝辞ではじめられた、この「夜になるまえに」は、アレナスの遺言に結ばれている。





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