和歌山バガボンド  ~読書と木工、ときどき空想~

黒髪ボブの三十路ピーターパンがWakayamaライフを着流しでスケッチ

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腰痛はである/長谷川淳史

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腰痛は<怒り>である/長谷川淳史
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●けっして諦めない
けっして諦めないこと、信じてほしい、腰痛がどれだけ憂鬱で絶望的だろうと、希望はある。時間を惜しまずに治そう。トライしよう。


●ニュース断食
世間のニュースを知らなくても、私たちは生きていられる。
メディアの毒を抜く。一ヶ月でも、一年でも。


●自分で変えられることと、自分では変えられないことを判別する
前者は試みよう。結果なんてどうでもいい。やれることをやっていこう。
後者は受け入れよう。腹立ちや憤慨にせよ、心の静けさで迎えよう。ただ気づけばいい。


●最後の最後で、頼りになるのは自分だけ
「先生(ドクター)が何もしてくれなかったので、それからは自力でやるしかない、仕方ないと思いました」
→力強く、たくましい言葉。ひらきなおり。自分本位。


●転移 176
患者は治療者にさまざまな感情を抱きますが、これは「転移」といわれる現象です。転移の中でも、肯定的な信頼感と愛情の場合を「陽性転移」、否定的な憎悪と反抗の場合を「陰性転移」といいます。(治療者の転移を「逆転移」という)
こうした現象は、いずれも幼児期以来の家族関係や、対人関係の中で経験した本能的、感情的態度が表出しているものだと考えられています。しかし、治療関係においてそれと気づいていなければ、治療結果に大きな影響を与える可能性があります。


●笑いがもたらす免疫力の向上、抑うつがもたらす免疫力の低下はすでに確認されている。



TMS 毎日の注意
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痛みは構造異常ではなくTMSのせいで起こる
痛みの直接原因は軽い酸素欠乏である
TMSは抑圧された感情が引き起こす無害な状態である
主犯たる感情は抑圧された怒りである
TMSは感情から注意をそらすためだけに存在する
背中も腰も正常なので何も恐れることはない
それゆえ身体を動かすことは危険ではない
よって元のよう普通に身体をうごかさなくてはいけない
痛みを気に病んだり怯えたりしない
注意を痛みから感情の問題に移す
自分を管理するのは潜在意識ではなく自分自身である
常に身体ではなく、心に注目して考えなければならない



アファメーション
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※どんな自分になりたいか、何を実現したいかを考える
※そのブロックになっているもの、足りないものを考える
※アファメーションの文章を作る
※アファメーション ポイント① 断定的、肯定的な表現を使う
※アファメーション ポイント② 結果の言葉で書く
※アファメーション ポイント③ 一人称で書く
※朝と夜、アファメーションを宣言する
※携帯メモや紙に書く
※宇宙の力にゆだねる



痛みに生きる人(person alive in pain) 202
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どんな治療も受け付けない患者がいる。
久留米大学医学部長の長沼六一は、次のような特徴を提示している。


※彼らは幼少時における両親との不幸で歪んだ交流の中で、真に甘え、かまわれた経験がない。また両親の離婚や死別などによる交流の断絶を経験していることもある。


※痛みの発生状況は、身近な愛の対象者から拒絶される不安、もしくは現に拒絶された抑うつに端を発している。痛みは自分を捨てた人への恨みと攻撃感情の象徴であるが、それでもなおその人の求める絶望的な願いでもある。


※彼らは自分の愛を拒絶した人への両価的な恨みや憎しみの攻撃感情がつよく、それを周囲の対人関係にも示し、より攻撃的、抗争的になるために孤立化していき、痛みにのみ生きざるを得ない状況を作り上げてしまう。


※その中で彼らは、自己の生存の理由と社会的役割を証明する最後の手段として、痛みに固執していく。そしてその痛みは身体的、器質的な痛みでなければならず、慢性の自己評価の低下した現実状況の中で、誇り高く痛む人の役割を担い、理想自我の満足を得ている。もはや彼等の痛みは、生きていくうえで必要不可欠なものとなっている。


※かくして彼らの”恨みの構造”は、もはやかまわれることを受けつけないほどに強固なものになっており、治療者の態度にも強い攻撃性を向けはじめ、解消に向かうことは極めて困難である。 




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スケッチ
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メンタル関係の本はたくさん読んできたし、試してもみていて、そのほとんどが「おれにはあわない」だった。
なぜか?
ルールが出来上がると、それに則ってやることが生産的で効率的で、リズムもできる ―― ように思える。もちろんそれで成功する人もいるだろう。おれにしたって効果だってあった。
でも、「自分で考える力が衰える」。
だからルールはダメだ。ルーティンもダメ。
毎朝・毎夜、アファメーションを唱えること、みたいなのも、中身の無い、実感に乏しい、言葉の繰り返しになっていき、ときどき集中してみるものの、気が失せ、形骸化する。それでも、「忘れたらダメだ。忘れたら、やらなかったらよくないことになる」となんの裏づけも無い恐怖感に煽られ、やめられなくなったりする。
ほんらいは、その日の体調、状況、意識の状態、周囲との兼ね合い、まわりに人や事の様子などに心や体をリンクさせ、できるだけ自然に、心や体が求めるままに、しなやかに応じ、変化していくことこそ自然なんだけど、ルール狂・ルーティン信者にはそれが受け入れられない。だんだんと「自分で物を考えていない人の顔」になっていく。

考えているつもり、意識を高く生きているつもり、揺るがない意思を貫いているつもり、明確な目標に邁進しているつもり、絶え間ない努力と成長の最中にいるつもりだから、たちが悪い。
無論、ほぼイリュージョンだ。妄想だ。

だから、いまはアフォメーションだろうと瞑想だろうと、TMS毎日の注意だろうと、ときどき読み返して、ああそういえばこういうことに気づいてるほうが楽なタイミングもあるよな、と思い出すきっかけに過ぎない。
復唱するたびに幸せになり、夢が叶うなら、口数のおおい人、そしてよく口がまわる人が、世界で一番幸せになるだろうが、そうはならない。


昨日は早稲田でベケットの戯曲を演じる俳優たちを眺めてきた。
ひとりはフルマッチョで効率的・生産的な、超健常な現代人の男性(を演じている白人男性)。
もうひとりは痩せ型で、全身に麻痺があり、動作だけでなく呼吸ひとつのたびに息が荒くなり、口がしびれ、涎が垂れる男性(を演じている白人男性)。
人間が、人間たるゆえんがどこにあるか、特定の宗教に拠らなければ、かんたんに答えが出る問いではない。もしかしたら、眼に見えない、ふだんは聴こえない、触れることもできない何かや、その何かの集合、運動、流れのようなものに ―― しかもオカルトや神秘を抜きに、ドライに現実的に認識することが求められる何か ―― に、人間は、人間である以前に、つながっていて、こうして意識し、動かしている心や体は、じつはその何かをつねに感じ取っていて、つながっているのかもしれず、ただ、わたしは人間化・社会化・現代化される過程で、そこへの体感や察知を忘れ、失った。
ベケットはそれに気づき、もしくは、感じないではいられず、あの散文や戯曲は、そこへ向かう意思、試みだったのではないかと思った。
たとえば、日本語に「のろさ」という言葉があるが、ここには「愚鈍、ぐず、出来の悪さ、うんざりさせるもの・ごと、ひと、疎まれる状態、不経済」のように、現代を生きる上で遠ざけたい、克服したい、縁をもちたくないものというニュアンスが備わっていて、だからたいがい「のろさ」は捨て置かれ、言い放たれ、切り離される。
ベケットは、この「のろさ」を徹底的に見つめる。舞台に乗せる。そして、延々と繰返される「のろさ」の先には、いや、舞台の、公演の最中には、その示唆すらないが、パッと照明が落ち、俳優があいさつのために直立し、観客は拍手をはじめるのだが、そのとき、わたしは「それ」とか「あれ」とか「あっち」とかでしか言えない、人が人であるゆえんよりはるかに大事で、しかし無視されてきたものの気配を、強烈に感じた。早く、強く、賢く、多く、あっという間に行えるようになる道筋や、その行為の全うや連続の先には、「あれ」も「それ」も「あっち」もなく、人間社会の情緒や詩情をできるだけ削った感覚になろうと努めたところで感じるは、「消滅」という言葉が適当かもしれない。それも、「自滅」と呼びたくなる「消滅」だ。
「のろさ」の徹底と延期、うんざりする状態を忘れる頃のそのずっとさきまでやまない「持続」は、消滅しない。あの舞台上にあらわれた「のろさ」、その息苦しいほどの繰り返しは、わたしが幼少期に忘れきり、それとして捨て置き、省みることのなかった「それ」の有様 ―― リズム、調子、速度、位置、質感、抑揚、体積、形 ―― に近しくなっていくプロセスだった、ように思う。
だが、わたしは「それ」がなんなのか、そんなものがあるのか、はたしてベケットが感じていたものが、それなのかどうかは、いま、ここでわかったとはいえない。








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