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『ラジオのように』ブリジット・フォンテーヌ

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『ラジオのように』ブリジット・フォンテーヌ


―― 解説 間彰

■ジャズと季節についてのメモ
例えば、一つの言葉、一つのセンテンスを断言できるなら、そして「私」がいだいている感情を凝わずに、<今>はっきりと信じられるならば、どのよな「私」達も自らをその感受性や情動や情念において名づけようもでき、あらゆる<ものごと> を確かに自分との関係として語ることもできるのだが。そして自らのなくした風景を懐かしむこともなく<今>の最中に<苛烈なやさしさ>も見いだせるはずなのだが。そして例えば<私はこれが好きだ>という時のはれやかさを持てるはずなのだが、そして<曖昧さ>の中に<私>をそっと知るのだが。11月の数の風のように。
だが、時はあたかも明確に意味する何かに従っているようだ。緩慢で固定的ではまりこんだ椅子のように一つの判断に「私」を従わせるかのように。
私は<ジャズ評論家>として3年余り過ごし、今もそうだ。<ジャズ>について音楽について考えこんでゆくうちに、私がこのように言えるのは一つの私のはれやかさなのだろうか。《ある音楽の価値や意味の判断は社会的にや一般的にあるとするのは半ばまちがいだ。それはいわば個人的事件として、曖昧さの中に見すえられるものであって、ある音楽の成立を<個々>の<私>という領域で考えないあらゆる理論と解説は無効である。》と。
あるとき決定的に出会いを持つという音楽の出会いの伝説を決して遠ざけてはいけないし、まさに<<体験>>としか言えない<私>と<音>との出会いを、<私>の内で<鮮やか>にすると時を作曲家やテクニックや理論によってしかくくれないとするならば、<私>達は断固として<私>にとって<音楽>について語られないだろう。
そのような曖昧で未明で暗い<体験>の構造を最もきわだたせているものとして<ジャズ>なるものについて考えてきたこのわたしは、ジャンルや名所や形式やスタイルやその他のあらゆるもので<音楽>を<判断>することを投げることによってしか<始まり>と<きっかけ>を持てないということをまさに私的に見知っている。そして私が<何か>にとらわれるときとは? 私が感動する<何か>とは? という問いは、私にとって一枚のレコードとの、一つの曲との、一つのメロディとの私の出会いと親しみやすさとは? という複数の問いかけに今なってみたりする。そして例えば様々な形で私達は自分が感動したり、かけがえのないと思ったりしている<音楽>について考える季節を持つだろう。或る一つの音楽を通してそれを<深く受け入れた>者達が本当は何をどのように共有しているのかは今いうと、とても寒いことには違いない。いずれにせよ或る時、顔見知りの感動から離れて私達の音楽は明るく暗い道を歩むことを始めるでしょう。
そしてこのレコードの歌の一節<世界は寒い>という言葉に<もう一度だけ、日は登ってゆく……>という言葉に身をすりよせてゆく朝や夕餉《ゆうげ》があるかもしれない。


■「アート・アンサンブル・オブ・シカゴ」について
50年代の後半にジャズの場面で起こったことは音楽総体の史的な地平から見てもかなり画期的な事であったに違いない。それは今日70年代のジャズ・シーンのあらゆる現象の芽を持っていたがゆえと解されてもいいだろう。それはジャズにおけるマエストロ=巨人の残火が最もきらめいた時として記憶され、またセシル・テイラー、オーネット・コールマン、アルバート・アイラー、等の集合体即興演奏《コレクティヴ・インプロビゼーション》と自動的演奏表現行為《オートマチック・エキスプレッション》が方法とシステムとして自覚的にとらえられた時期として記憶され、とりわけコールマンの「ロンリー・ウーマン」に代表される新しい抒情《ヌーボ・サンチマン》が見い出された時期として記憶されるだろう。それは半ばコルトレーンやロリンズに代表される演奏の巨人達の情念の世界と対置されながら、最も自由な表現形態ということを二極的にさし示した時期だった。様々なゆがみを見せて、テクニックと形式、情念と表現という事が追及され、現代音楽の影響を受けながら、きわめてリアルな状況作りつつ、それは 60年代後半の現象的には活撥なそして本質的には低迷する状況へと移行していったのだった。その時点で登場したのがシカゴ前衛派=A・A・C・Mという世界的には全く無名の集団だったのである。
一言で言うならば彼等の志向する音楽は、汎音楽的であり、形式と楽理的な面だけに限られていたジャズの革命をもっと広く開放しようと言うものであった。私は彼等の志向する未知なものにジャズの本質的なリアリティを予感し、彼等の音楽行為の構造をつきつめていくことでジャズの内部的、意識的限定性をつき崩してゆこうとしたのだった。彼等のジャズは一部のいらだったファンや、新らしいもの好きに受け入れられはしたものの、アメリカや日本ではカタテマしか考察されようとしない状態が3年も続く内に、フランスやヨーロッパのリアルなファンやジャズメンによってアクチュアルにとらえられる事をきっかけとして今やその名称も形態もポピュラーになった感がある。現在知識人的ジャズ・ファンの好奇心と欲求不満充足の対象となっているジャズのスマートな形式的整合のケイコウから離れて、彼等にとってのより原質的なジャズ表音行為を目指して、広い範囲の音楽家達と演奏し続けている。彼等の最もリアルな存在の意味は集合体演奏の集合体の意味を、演奏行為の上で見い出そうとしている点にあると思う。今まで演奏者の神話つまり自己中心の世界の行為的な自立をすて共にに演奏することをそのことの内に意味を再発見しようとしているのだと考えられる。
それはこのレコードでもはっきりと証される語の本質的な意味で、<自由さ>が<開かれた感性>として受けとれるだろう。そのことについてはこのレコードが自身で語るに違いない。



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