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街場の文体論/内田樹(2012/7月初版) ※要約

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第6講 世界性と翻訳について 97p~
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(以下、biboによる要約です。あしからずご了承をば)


・司馬遼太郎の美学は日本人のためのもの

なぜ村上春樹は世界各国語に翻訳されているのに、司馬遼太郎は翻訳されていないのか。

司馬は日本人の価値観や美意識、組織や権力構造を書いた。
外国人がこの点を知りたければ、司馬と山本周五郎、藤沢周平がいい。
でも、この系列には翻訳がない。
たとえば『坂の上の雲』です。
この本は徳川三百年の太平の世が終わり、いきなり欧米列強に植民地化される危険に直面した日本人が、封建制度をあらっぽく打ち壊し、急速な近代化を遂げ、そこから維新後わずか四十年で、世界最強といわれたロシアの陸軍と世界二番目の海軍を相手にした戦争に勝利する ―― このようなアウトラインが前提にある。さらには、極東の貧しくひ弱な農業国が、可憐なほどの近代化努力を果たして、巨大な帝国主義国家に勝ったという劇的な落差も含んでいる。日本人はロシアに勝てると思ってなかったんです。この悲観 ―― 絶望感が底流にある。だからこそ、圧倒的なビハインドを埋めた明治の先人たちの力業に驚嘆するわけです。

外国人に「読む時は、これらの事情や歴史を汲んでくれ」というのは酷ですよね。
じゃあ、ここを踏まえずに読むとどうなるか。
たぶん「われわれはこれほどの近代化を成し遂げ、戦争に勝った。凄いだろう」という自慢話に感じるでしょう。
「それがなに?」と受け取られてしまう。
言い落とされた常識を共有しない読者には物語の感動が伝わらないんです。「インサイダー」にはこの種のイマジネーションを働かせるのが難しい。
それと、無意識にせよ日本の、「身内」のことを書いてるがゆえに、どこか外国人読者には「ドアが閉まっている」感じがするでしょう。

フランスやイギリスの書き手が自国の歴史を書くなら、こうはなりません。彼らにしてみれば、同胞だろうと悪い奴は悪い奴だし、同郷人でも卑劣者は卑劣者です。でも司馬遼太郎はそうじゃない。彼が書いたのは挫折や悲劇に共感できる同胞です。ほんとうに卑劣な人間は書かなかった。
司馬はノモンハンについて書こうとして、膨大な資料を渉猟し、生き残りの軍人たちにもインタビューしたけれど、ついに書くことができなかった。それはノモンハンにかかわった軍人たちの中に、彼が共感できる人物が一人もいなかったからだ、という証言を読んだことがあります。まあ、よく知られている話ですね。

司馬の文学は日本人のためのものなんです。
すばらしいスケールの作品です。
ただ、おそらく外国人の読者は想定されていません。
同じことは翻訳がほとんどない、吉行淳之介、安岡章太郎、庄野潤三、遠藤周作、島尾敏雄といった戦後文学を代表する作家たちにもいえます。
この世代の共通条件は「敗戦」です。
吉本隆明も江藤淳もそうです。
戦前、戦中、敗戦および復興後の社会 ―― 蘇った暮らしにおける人間の営み ―― ここを対比的に共有できない読者には、どこがいいかわかりづらい。
翻訳されない大きな原因だと思います。


・なぜ吉本隆明は欧米語に訳されないのか


戦後日本の思想を考えれば、吉本隆明は外せない人物です。
この人の書き物が一冊も翻訳されていません。
一方、日本政治思想の研究者、丸山眞男は違います。彼は著作のほとんどが英訳されています。

ふたりの研究対象は近く、さらっと読むと結論もほとんど同じに見える。文体だけでいえば詩人でもあった吉本のほうが読みやすいんです。文章がぴんと立っている。でも、丸山は全てが訳され、吉本は全てが訳されていない。

丸山眞男は軍国主義が嫌いで、戦前からずっと批判し続けていました。
東大の助教授だったとき、二等兵として懲罰的に召集されて、前線にひきずり出され、そこで古参兵にさんざんいじめられた。
戦争が終わり、軍国主義のイデオロギーを論じ、なぜ日本が戦争をしたか、なぜ大日本帝国の戦争指導部はあれほど無能だったのか、なぜ帝国は瓦解したのかを、非常に怜悧に分析しました。非情なまでに。

吉本隆明は違います。彼は軍国少年だった。皇国の大義を信じ、祖国のために二十歳までに死ぬ覚悟を決めていた。
ある日、全部がひっくり返った。
昨日まで聖戦貫徹の旗を振っていた大人たちが「民主主義の世の中になりました」と言い出した。

二人には受け止めたテーマも分析の熱意にしても似通っている。でも決定的な違いがありました。それは戦争に対する主体性の異なりです。

丸山にとっての戦争は、同胞にしても許し難く、屈辱的で、唾棄すべき行いだった。それを主導し、大衆を扇動し、戦場で死なせた指導部への感情も真っ直ぐなものでした。大日本帝国には「貸し」がある心理状態。償いを求めた。

一方、吉本は自分と国家、自分と皇国的な気運、自分と敗戦を丸山のようには切り離せなかった。「ひとごと」じゃなかったのです。自分自身の「半身」は戦前に残ったまま。少年期そのものが大日本帝国に「人質」に取られているとも言える。これは切り捨てられません。戦争は終わった。思想も反転した。しかし、自分はそのようには振舞えない。傷ついている。でも生きている。生きてきた。生きてきた時間を遡れば、かけがえのない少年時代があり、ここを切り捨ててしまえば失血死が免れない。大人たちのように無かったことにして、切り捨てて、そんなふうには生きていけない。こういう精神状態にあった。だから救わざるを得なくなった。草莽《そうもう》の軍国少年として過ごした少年期の中の「救えるもの」を切り出し、それを「戦後」に接続しなければ、引き裂かれそうな心 ―― 分裂的な存在を統べられない。
これが、この世代特有のリアリティであり、思想命題になります。

もっと年長の世代 ―― 太平洋戦争に行かなかった世代、その前の勝った戦争を原体験にしている世代 ―― のように看板を付け替えるだけ戦後日本に適応できない。吉本や江藤は、そんなふうに簡単に看板を下ろせなかったのです。「みずみずしい感受性をもって生きた少年期 ―― 戦争の日々を、いかに戦後につなげるか」を試みずにはいられなかった。

先にあげたように欧米のベーシックな考え方は「同胞だろうと悪い奴は悪い」です。ドイツにしても、ナチスに傀儡された時代、あの戦争および惨たらしい所業はすべて「ナチスのせい」と責任の所在を明らかにし、戦後社会をスタートさせました。割り切れているんです。
外国の読者には、吉本や江藤が負った「ねじれた宿命の困難さ」を日本人ほどにはリアルに受け取れないでしょう。
翻訳される著作と、翻訳されない著作。
訳される作家と、訳されない作家。
その違いの主因はここにあると考えます。


・トラウマについて

トラウマというのは「それを適切に言語化できない」という無能力そのものが、その人の人格の根源的な部分をなすような経験のことです。だから言語化できれば、その人は別人になっている。ただし、トラウマを抱えた人格は居なくならず、多元宇宙のどこか別の空間に放りだされ、永遠に癒されないトラウマに苦しみ続ける。
ハリウッド映画には多重人格者の映画がたくさんあります。たいがい、複数のエキセントリックなペルソナがまともな人格に統合され、さあハッピーエンドというラストシーンで「最悪」の人格が地中や鏡の中にあらわれ、まともな人格の首を絞めたり斧を振り下ろしたところでカットアウト……です。これは「トラウマの治癒」、その本質的な暴力性をたくみに語っていると思います。

「いまの私」に統べられない人格的要素は、「化けもの」となって回帰する。フランス語では幽霊のことを「戻ってくるもの(revenant)」と言いますけれど、ほんとうにそうなんです。そして、吉本隆明たちがしようとしたのは、「トラウマを治療して別人になる」ことではなくて(それだと幽霊はエンドレスに回帰する)「トラウマを抱えた人=大日本帝国に残された半身」をまるごと受け入れることのできる、新しい広々とした文脈を作るということでした。


・谷崎潤一郎に見る世界文学に必要な能力

谷崎潤一郎は著作がほとんど訳されています。
彼は東京日本橋蛎殻生れのシティーボーイで、関東大震災をきっかけに関西に移り住む。そこで仲良くなった姉妹をモデルに『細雪』を書きます。ブルジョア姉妹がグルメを堪能したり、恋の話をしする小説です。『竜馬がゆく』のほうが面白いのに……と思うでしょう。でも「『細雪』最高!」というフランス人がたくさんいるんですよ。こっちのほうが「世界文学」なのです。

『細雪』は京都の人間では書けなかった小説です。地元の人間が地元の風俗や文化をテーマにすると、「インサイダー」特有の傾向が生じてしまう。司馬ほどの作家でも日本を客観的には描けなかった。「身内」としての突き放しや、そうでなければ密着しすぎてしまう。谷崎は京都にとって「アウトサイダー」でした。文化人類学者が未開の社会にやってきて、民俗誌資料を書くような感じで、あふれるような好奇心と敬意をもって、谷崎は『細雪』を書いたのです。だから普遍性がある。「外からの目線」で書かれているから。

世界文学になるには、こういった「外から見る」能力が必須なのではないか。

ドメスティックな文化的環境にとどまっているかぎり、気づけないこと ―― たとえば自分の家の匂いを嗅ぎ取るようなセンスを磨かなければ、「外部の読者」の共感を得られるようなものを書けないのですね。
読み物をしているとき、作者が自分と似たような立ち位置から、いささか疎遠な対象を眺めているという気分になれるなら、書き手が外国人であろうと、時代が何百年違う人であろうと、何となく自分もまたそのテクストの正統的な読者として認定されているという気がしてくる。書き手が自分のすぐ隣で「あれについて、どう思う?」という呼びかけすら聞き取れる。


・「ローカル」だったのは吉本ではなく、世界のほう

吉本隆明や江藤淳は、上の世代にも下の世代にも共有されることのない、彼らに固有の「トラウマ的体験」を、どのような文脈のうちに置けばその思想的意味を共通の資源にできるか、という切迫した問いに答えようとしました。この主題は普遍性をもつチャンスがあった。でも、そうはならなかった。世界のどこかで「封殺された時代に、救うだけの甲斐のあるものを見つけ、それを拾い上げることと、戦後のリベラルな時代 ―― あるいは左翼的な生き方を縫合するというアクロバシー」が試みられていれば、吉本の『転向論』に深い共感を覚えたかもしれない。しかし、そういうことは“日本以外のどこでも起こらなかった”のです。

そもそも、戦勝国の戦後、戦前の国家観に断絶はありません(建前上は、そういうことになっている)。敗戦国にしても「国民は被害者。責任は戦争指導部と戦争犯罪者」という話で免罪できた。ヨーロッパには、過去を全否定するのでもなく、過去を全肯定するのでもなく、その中間に立とうとする人のための場所がほとんどなかったのです。アルベール・カミュやレイモン・アロンのような人もいましたが、いまではアクチュアルな思想家だと思われていません。

吉本隆明の思想は、本質的には世界的な思想だった。でも“世界各国の地域性が、それを受け入れるだけの成熟に達していなかった”。そういうかたちで「翻訳されない」ということもあるんです。丸山眞男が翻訳されるが、吉本隆明は訳されないのは、吉本が「ローカル」だからではない。吉本が、「あらゆる国の人々が目を背けようとしている事象」を扱っているからなのだと僕は思います。

●バルトの言葉
作家が仮に自由な語法を創造したとしても、それは既製品というかたちで彼のところに差し戻されてくる。 148

となると、結局作家に残された唯一の可能性はたぶん「自由な語法を創造したのだが、それはすぐに既製品となって最初のみずみずしさを失った」という“事況そのものの証人”になることしかありえません。「エクリチュールの失墜」という物語を語り継ぐしかありません。それがもしかすると作家のほんとうの仕事なのかもしれない。バルトはそんなふうに考えたのです。

文学のエクリチュールは「歴史」の疎外と「歴史」の夢をふたつながら背負っている。「必然性」として、文学のエクリチュールは、階級の分裂と不可分のものとしての語法の分裂を証し立てている。「自由」として、文学のエクリチュールはこの分裂の意識であり、それを乗り越えようとする努力そのものである。 149

バルトは彼の企ての無限消失点として「言語がもはや疎外されていない、天地創造的な新世界(un nouveau monde adamique)」「夢見られた語法(un langage reve)」を想定します。もちろん、こんな目標は幻想的なものにすぎません。でも、それをめざし、その企てがそのつど失敗するという事実を、痛みとして敗北として感知し続ける以上に緊急な仕事を作家はもたないのです。


●外国語の言葉を学ぶ、想像することについて 253
単語ひとつにしても、「種族の思想」の中に置いてみないと、ほんとうの意味はわからない。
フランス語の初級を教えているとき、簡単な言葉なのに、初学者が理解に困難を覚える単語というのがあります。たとえば、ordreがそうです。
これは英語のorderと同じ語源の単語です。辞書を引くと、意味がいろいろ書いてある。「命令」「秩序」「順序」「階層」「同職集団」などなど。ordreはすべてを含んでいる。僕らがフランス語の文に出てきたordreを訳すときは、この中からどれかを選ばなければならない。フランス人の頭のなかでは、これは全部「同じ」ということです。
「命令」「秩序」「順序」「階層」「同職集団」
これを全部満たしている。含意している。どういうことでしょうか?
それは「ヨーロッパ人にとっての宇宙の像」です。
最上階に神がいる。下のほうに人間や動植物、その下に無機物。この三角形 ―― ヒエラルキーが彼らの思い描く全体秩序です。上は透明で非物質的、下がるにつれて汚れてくる。横に輪切りにすれば、性質が同じものの集団が取り出せる。これがordreのイメージです。フランス人が頭に思い浮かべるのは、生き生きとした宇宙構造のイメージですね。だから、それは同時に命令であり、秩序であり、順序で階層で同職集団となる。コスモロジーが随伴するすべての概念が含まれることになるのです。
日本人がフランス語を学ぶには、まずこのフランス人の世界観、宇宙観を受肉しなければなりません。これはあらゆる外国語学習に通底します。


●言語の檻 260
ジョニー・デップの『パイレーツ・オブ・カリビアン』という映画を見ていたら、なかに面白い場面がありました。海賊たちが檻に閉じ込められている。このままでは人食い人種に喰われてしまう、窮余の一策で、「檻ごと転がってゆく」というソリューションを採択する。みんなが檻を持ち上げて、隙間から足を出して、ほいほいと転がってゆく。よくできたメタファーだと思いました。檻に入っている人間でも、檻の特性、木でできているとか、丸いとか、隙間から足が出せるとかいうことを理解していれば、檻ごと動くことができる。それどころか檻を利用して、縦横無尽に野原を駆け巡ったり、ふつうに落ちたら死んでしまうしまうような急峻な崖を転がり落ちることだってできる。“檻に入っているせいで檻に入っていないときにはできないことができる”。そういうことってあるんです。
これは「言語とという檻」についての考え方としては、きわめて前向きなものだと思いました。

●神を宿す悪魔ども 262
破格や逸脱というのは、規則を熟知している人間にしかできない。悪魔は進学的には天使が堕落したものとされています。神とまったく関係のないところに悪魔が孤立的に生れることはできません。というのは、神の定めたすべてのルールを完全に内面化していないと、あらゆる場合に神の意思の実現を妨げるという悪魔の仕事が果たせないからです。「神が何を考えているかよく知らない悪魔」というのはありません。摂理の裏をかくんは全知が必須なのです。
言語の冒険は提携を十全に内面化できた人間だけに許される。だって、「わかる」から。そこでどんな文法的破格が試みられていようと、そんな人がやっていることならば、きっと、何が言いたいのか、わかるから。
そのような言葉の使い手になること、それがおそらくは生成的な言語と出会う唯一のチャンスではないかと、僕は思います。

●言葉を届かせる“切迫”さ
「届く言葉」と「届かない言葉」がある。非論理的であろうと、読みにくかろうと、知らない言葉がたくさん出てこようと、「届く言葉」は届く。
それは「届かせたい」という切迫です。

自分の利益のためにしゃべっている言葉には説得力がありません。どんなに説得力があろうと駄目です。それは「自分の分配比率を増やす」ための言葉は「査定する者」を排他的に志向するからです。それ以外の人に届いても意味が無い。試験の答案が採点者に向けられて語られるように、自己利益を求めて語る人間の言葉は、閉じられた集団内で資源を分配する権力を持っている人間だけに向けられます。そして、査定基準ができるだけ安定的であることを願うなら、査定者はできるだけ少ないほうがいい。理想的には一人がいい。原理的にそうならざるをえないのです。「パイの分配」について按分の権利を持っている人間だけに用があり、あとの人には用がない。
僕はそれを「内向きの言葉」と言うのです。それがどうしても知性の本質とは相容れないような気がする。こういった言葉のメタ・メッセージは一つです。
「頭がいいオレを尊敬しろ」。

それとは逆に、「外に向かう言葉」にはその適否や品質について数値的な評点を与える査定者がいません。というのは、それは採点者の前に提出された「答案」ではなく、できるだけ多くの人間に届けたい「メッセージ」だからです。評価を得るためでなく、できるだけ多くの人に受信され、理解されるための言葉。

僕は、言葉はそのような条件においてしか生成的になることはないだろうと思います。「情理を尽くして語る」言葉、受信者の裾にすがりついて、「お願いだから、オレの話を聴いてくれ」という懇願の言葉だけが「外に向かう」ことができる。


●複数形の“記憶” 290
村上春樹がエルサレムでスピーチしました。そのなかに中国で戦争を体験した父親についての一節がありました。「私が決して知ることができない記憶」と。(memories)次の文、「私の記憶」は単数形でした。
父が持ち去ったのは複数形の記憶で、私のもとにとどまっているのは単数形の記憶なんです。僕たちは、先行する死者から「メモリーズ」を受け継ぐ。けれども、その中のほんのひとかけらしか「僕のメモリー」としてはとどまらないのです。

村上春樹における「中国」とは、「飲み込むことができないもの」というトラウマです。記述する言葉がないトラウマ。「虚の経験」にならざるを得ません。「それについて」は書けない。できるのは「それが書く」ことだけです。村上春樹という書き手をおしのけて、自分で語り出すというかたちにする他に、この「飲み込めないもの」が何なのか、どのような機能を果たしているのかは、わからない。

僕の父親も中国にいました。帰国後、中国人と非常に深く関わって生きた。でも父は、それがなぜなのか一度も話しませんでした。僕にはうっすらと感じられました。父が中国での体験でなにか「言葉にできない」深い傷を負ったことを。
父が語らぬままだった「メモリーズ」のごく一部分だけを僕は「僕自身のメモリー」として遺贈されました。それは僕には、「経験していない経験についての記憶の欠如」という屈折したかたちで受け継がれています。たぶんそれが僕自身の中国に対する見方に大きく影響を与えている。父は無言のうちに「言葉にできないもの」を僕に伝えた。それは「ソウル」から「ソウル」への伝達ということなんじゃないかなと僕は思うのです。

僕らの身体の中心にあって、言葉や思想を紡いでいく基本にあるものは、かたちあるものではない。それは震えや波動や響きといった非言語的な形態で、死者たちから生者へと手渡される。言葉というのは、「言葉にならないもの」をいわば母胎として、そこから生成してくる。

村上春樹に世界性を備えさせたものは何なのか。

ひとつには、「自分が経験しなかった経験についての記憶の欠如」 ―― 「言葉にできない経験」を遺贈され、「虚の経験」をおのれの根拠に抱え込んでしまったところにあるのではないかと考えています。














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