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<遊ぶ>シュルレアリスム/巖谷國士




●シュルレアリスム ―― 目前の現実と生活に立ちむかい、そのなかで「真の現実(あるいは超現実)」や「真の人生」に出会おうとする物の見方、生き方であり、それを多少とも共有するグループとその運動のこと。 4

●ベル・エポック(よき時代)
戦前のベル・エポック(よき時代)の西欧近代国家は、合理主義と科学技術の進歩を至上のものとし、それによる秩序と安定を謳っていましたが、その結果がじつは「想定外」のおそろしい災禍でしかなかった ―― 4

●「シュルレエル」とは「真の現実」
「シュルレエル」は「超現実」と訳せますが、現実を超越してしまうこと(現実ばなれ)ではなく、むしろ過度の現実、強度の現実といった意味あいです。「超現実」の「超」はつまり、たとえば最近の俗語で「超かわいい」(すごくかわいい)というときのニュアンスに近く、なにかしらすごい現実ではあるにしても、現実を超越した空想・幻想を指すわけではありません。
「超現実」とは、いわゆる現実(希薄で無味乾燥に見えるこの現実)に内在する強度の現実、過度の現実のことで、それこそが「真の現実」だと考えられます。 6

●アウトサイダー
エルンストの父親は「日曜画家」でしたが、エルンスト自身にとっても、絵画とは計画的な段取りと専門技術を必要とされるエンジニアリングではなく、もちろん別種の技術的洗練に支えられていたとしても、基本的にはブリコラージュにとどまるべきものでした。
この点はエルンストにかぎりません。シュルレアリスムの芸術家の多くは美術学校出身のエリートではなく、伝統的な技術教育からも西洋美術史という制度からも自由でした。 9

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なんとなく気恥ずかしくなっていたシュルレアリスムについての本を手にとったのは、カヴァーと装丁が好みだったから。巖谷さんの口語体も目線が低くて読みやすいが、解説に終始しているかというとそうではなく、ときどき詩的な決めうちや断定のフレーズもあり、読ませる。図版も多くてオールカラー。編集者はシュルレアリスムの概要ができるだけ伝わるように制作したんだろう。当時の美術界・思想界の慣習をものともしない不良たちの<遊>び心が誌面に躍る。
正規の教育、画家や芸術家という肩書き、社会的な認知 ―― それらは何の、誰のためにあるのだろう。いずれ美術のためにならなくなることは歴史が証明しているが、逆行するような権力志向・肩書き依存の流れは2015の日本においても止まらないどころか加速しているように見える。映画も文学も、音楽もまた「売れなければ滅びる」と怯える連中のもつれあい、延命という名の泥の厚塗り、遊び心は失われ、やまっけと言い訳、身の保身のための手段に貶められる有様は、宗教団体の断末魔のよう。
自動筆記的になにか書きたい。なにも信じない、というフレーズから生まれるなにかがあるかもしれない。


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