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文学のことば/荒川洋治




●三島由紀夫の発言 24
「中間小説を読んで一度でも作者は幸福そうだと思ったことがありますか」

●書かれた作品(著作数)と、年齢、帰還
イプセン→13作。49歳から71歳。23年間。
夏目漱石→10作。40歳から49歳。10年間。
草野心平→12作。71歳から83歳。13年間。
北村太郎→7作。54歳から60歳。7年間。
こうしてみると、おおきな才能をもつ人でも一定の間隔で10年以上書き続けるのは困難なようだ。でも定期的に書くことで制作意欲が保たれる。目標と計画性をもって張りつめた意識で作品を書くことができる。そのなかに構成に残る素晴らしい作品がある ――  42

葛西善蔵について 49
葛西善蔵の散文には、現代小説のような物語はない。ひとりの人間が生きることを伝える、簡素なもの、純粋なものだ。そのために、どんな生活をしたいのか、どんな作品を書きたいのかを明らかにすることもなかった。葛西善蔵は「本来の面目」(大正10年)を書いても、本来の面目を知ることができないのだ。それでも何かがあると感じて、見えないままに求めつづけた。そのような姿はいま、多くの人の心のなかにも見られるものだと思う。

●詩文と風景と人とのかかわり
「詩文を通して」→「風物を想い描き」→「実際の風物に接しても感じなかった興趣を覚え」→「そのことから実際の風物へと惹かれて行く」→それは「抽象を通して現実を理解しようとする」こと。これが詩文の風景と人とのかかわりなのだと。人はこのような筋道というか、道理のなかを通っているのだと。この桐野(高見順『東橋新誌』に描かれる登場人物/雑誌記者)の考えは、ものをよく考える人にとっては常識のようなものかもしれないけれど、この件に関してこれほど簡潔、明快に記した文章をぼくは見たことがない。 58

●みんな何か書いている
作家でありながら、あまり作品活動をしない人がいる。ところがたまに見かける文章の末尾に、(作家)という肩書きがつく。この例は多い。この作家はどのように暮らしているのだろうと思う人がいても無理はない。何年か前、文学好きのぼくの友人が、「□□□□は、最近、何も書いてないね」と言った。たしかに文芸誌や新聞などで見かけない。まだそれほどの年齡でもないので、そう感じる気持ちはわかる。だが、ぼくは、そういう見方はいけないと答えた。もちろんいろんなケースはあるだろうが、いちど作家として世間に知られた人は、作品活動が低調になっても、何かを書いているものである。目だったところに名前が出ないからといって、何もしていないとみるのはどうなのかと、めずらしくぼくは語気をあらげた。
辻亮一は、前記のように「れもん」にほそぼそと小説を連載したが、それを知る人は当時もごく少数である、仏教論文も連載したが、それも同様。小説の筆を休めたあと(あるいは休止期に)も、作家たちはそれぞれに文章を書いた。
( 中略 ―― 仏教関係の文章、製薬会社の社史、地域史、作家論や伝記、サボテンの研究書、作曲家ワーグナー論、紙芝居の制作、アフリカ研究、美術随想、児童文学)
その人の文章の力がふるわれていたなら、それはそれでいいことだ。小説を書かないから、いけないということではない。文章の範囲はひろい。表面にあらわれないだけの話だ。たまたまその人の目に入らないということだけで決めてかかるのは、その人がほんとうの意味で、文学の読者ではないのである。ただだいじなことは、好きなものをただ書いているのではなく、その原稿によって生計を立てているということである。文章をなりわいにすることは報酬とセットである。そのためにいくらかの制限がかかる。文章は制約と役割をもつことで一定の質が保たれるのだ、それもまた文学の世界を生きるということなのだと思う。
こんなことを思うのは、ぼくもまた、書かなくなったひとりだからかもしれない。もちろんぼくは知られている人ではないけれど、それなりにいろいろと書いてはきた。いまはひところと比べるとほとんど書いていないので、「あの人はどうしたのか」といわれても仕方がない。いまは、ある日刊紙と、ある雜誌に書いているだけなので、それを見たことのない人には「何もしていない人」だ。




※●はおれが勝手につけた見出し





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