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アップダイクと私/ジョン・アップダイク(2013)


アップダイクと私/ジョン・アップダイク 若島正・編訳 森慎一郎・訳(2013)

建築は我々を規制し規定するのだ。人間世界が我々に対して最も量感を伴って語りかけてくるのは、建築物の中にいるときであり、小説作者は登場人物を動かそうと思っても、その環境を想像力でしっかり把握しないかぎり無理な相談である ―― アップダイク


<感想>
嵐、雷が鳴ってる。二週間ぶりくらいかな、雨が降るのは。すこしは気温が下がりそうでいいわーって思ったけど窓開けられないから部屋が蒸す。雷が、また。あれは小学二年生の夏、庭に干してあった靴下をパッと取ってはいたら左足に激痛が走り、つぎの瞬間に泣き叫んでた。あのとき ―― 頭の中に稲妻が走ったみたいな感じだった。痛みの原因はおれのちっさな靴下に迷い込んだミツバチの一刺しで、命がけの反撃の後、ミツバチはカンカン照りの縁側の上に転がって動かなかった。

今日は『アップダイクと私』を読んでいた。下に引いたテッド・ウィリアムスのラストゲームについて書かれたエッセイは、アップダイクにとって古女房のような贔屓の野球チームと、この球団の中心選手としてならし時代を作った名プレイヤーの歴史的な一日に立会いながら、物事の本質を見つめようとした彼一流の職人芸、それと反骨心だったかな。これだけエポックなゲームの回想だ、言いたくもなるであろう熟語 ―― 「神秘」と「奇跡」のセットが一度も使われない。ここに写したのは当エッセイの終わりで、全編はこのおよそ六倍のマリアージュだ。観戦レポート&野球批評、そしてテッド・ウィリアムスという愛すべき傑物のドキュメントとして秀逸で、すべてを写経したくなる。また、読み終えたとき、会ったことも見たこともない野球選手への片思いが芽生えている。だから、テッド・ウィリアムスという選手が神へと昇華するワンシーンの回想にジェラシーする。
「ジョン……ジョン・アップダイク……あなたはそこに居て、終わりまで試合を観、そしていつまでも忘れなかった……」という恋仇への沁みる感情 ―― 感情と臨場感、リアリズムをたたえた文章を読んで、次に自分の体験を追憶する。思い出は切なくて狂おしいが、アップダイクに倣って言葉に置換しても色褪せるばかりだ。

書けないが書きたい。それでアップダイクのエッセイをふたたび辿る。おれはこれから何度も彼の工夫や文章の構造、布石を置くタイミングやジョークに学ぼうとして挫けるだろう。文章法は恋愛のようなもの、ままならないものはどうにもならない。アップダイクは博識をペーソスとジョークでやわらげ、自嘲と批判、皮肉の黄金率 ―― 撃ち込む弾丸の穴に文学の蜂を孵した。知で軽やかに舞い、言葉の毒で痺れさせるだけじゃない。書評を行う際の信条を読めばわかるように、書き手と読者、そして書物への情と愛のボーダー、分け隔ても境界線もない眼差しで時代を渉る。ハーヴァード大学に入学するまでは漫画家になりたかったという独自性《キャラクター》、アップダイクはアップダイクであり、彼の追いかけた兎にしても彼にしか見えない……とわかっていても、また草原に兎をさがす。『細雪』『痴人の愛』の谷崎潤一郎を「大作家」と称揚し、夏目漱石の『我輩は猫である』をこき下ろすアップダイクが村上春樹の『海辺のカフカ』を「シュルレアル」として絶讚する。軽妙な語りから文化論まで広範囲にわたる切り口に惹かれ、脈絡の自在に導かれ ―― ページのめくりが止まない。

レッズ狂だったアップダイクは上原浩治が雄たけびをあげた2013ワールドシリーズの優勝を見届けずに亡くなった(2009没)。2007、全米の注目を浴びる高額契約で入団した松坂大輔の投球には立ち会ったはずだが、よくよくコントロールされたビーンボールのような言球で皮肉ったのか。
「やっぱりお前は牛か……ダイスケ・マツザカ。四球、四球、四球の嵐、マウンドでうつむく姿は四つんばいの草食動物に見える」
真似たくともアップダイクの語りは真似られない。きっと上手に射抜いたのだろう、毒のある針で、言葉の先鋭で。縁側に寝転ぶ支度はできている。あるならば読みたい。



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<本文>
アップダイクと私
ペンシルヴェニアで過ごした少年時代の棒切れと泥から、アップダイクを作り上げたのはこの私である。だから、人々が私を彼と間違えて、通りで私を呼びとめ、彼のサインを私にねだっても、腹を立てるわけにはいかない。私が彼によく似ていて、混同されるほどだということに、私はいつも驚きを覚えてしまう。知らない人間と会うと、相手の顔がぱっと明るくなることに対処する必要に迫られる。相手は、私がいかにもアップダイクにふさわしいことを言ってくれるのを期待しているのだ。アップダイクは書き言葉という媒体の中でのみ有効だということを、彼らはわかっていない。そこでは他の原理が働いているし、一瞬の効果を得るために何時間もの努力が費やされるのである。「現実」の時間に放り込まれると、アップダイクはほとんど機能しなくなり、彼の不器用なお世辞や心配性の吃音が私の口からこぽれだす。私自身はというと、人当たりのいい人間である。思考の回転は速いし、自前でものを考え、アップダイクが普段どっぷりつかっているような、複雑な修飾語や、ぎこちない掛詞や、無理にひねりだした正確な言葉といったものにはまったく緑がない。私は人生をすいすいと盲目的に泳いでいて、彼が稼いだ金を使っている。 7(巻頭のエッセイ、その第一段落。自分を客観化したスタイルはボルヘスに倣っている)

●碧眼のブルーノ
私のテディ(ベア。ブルーノは幼少期のアップダイクにとって親友だった)は本書のそれとそっくり、掲色の目は、ハットピンみたいな長いピンで差しこんであったのだが、その片方がなくなってしまったものだから、何やら不吉な一つ目の熊だった。残酷なのかやさしいのか、当時の私はその片方だけの目をしょっちゅう取り外しては、虚ろなブロンドの眼窩を仔細に眺め、それから帝王のごとき憐れみをもって輝くハットピンをふたたび差しこみ、なすすべのないブルーノの視力をそっと回復してやった。 17

●小説世界における『建築物』の機能
『ロリータ』着想のきっかけになったのは、ナボコフの言によれば、「何か月も科学者によって訓練されたのち、動物としては初めて木炭を手にして絵を描いた」猿の記事を読んだことだったという。「そのスケッチには、哀れな動物が入れられている檻の格子が描かれていた」。建築は我々を規制し規定するのだ。人間世界が我々に対して最も量感を伴って語りかけてくるのは、建築物の中にいるときであり、小説作者は登場人物を動かそうと思っても、その環境を想像力でしっかり把握しないかぎり無理な相談である。長編第一作『救貧院の祝祭日』で、私は登場人物たちを巨大な架空の館の廊下で歩きまわらせたことがあり、そのときに感じた力のスリルを三十年経過した今もなお感じることができる。その建物のモデルになったのは貧しく家もない人たちのための施設で、ペンシルヴェニアの私が住んでいた通りの端に建っていたのだが、子供の頃には勇気がなくてそこに足を踏み入れたことは一度もなかった。それが今、作家となって、私はそこのキューポラによじのぼることまでしたし、長い通路が「木材と漆喰でできて」いて、その交差するところが「ナイフのように鋭い四つの睨む眼」になっている、そんな廊下をオウムを追いかけて走り抜けたのである。
長篇第二作の「走れ、ウサギ」では、若い主人公夫婦に住む家を与えるために、ある通り ―― 「色は痣から糞までさまざまなアスファルト、シングルの屋根が付いた」テラスハウスが並ぶ急な坂道 ―― を構築し、さらにそこから逃げ出した夫を追って、私が実際に住んだことは一度もないレディングをモデルにした、ブルワーという町の迷宮を作ってやらねばならなかった。事実、そうした居住可能な穴をくりぬいて作り、壁の色調や肌理を割り当て、扇形窓や玄関のべル、それにラグマットや窓敷居を視覚化するのは小説を作る側にとって主たる冒険なのだ。(そして小説を楽しむ側にとってもそうである。推理小説を濫読していた頃、辺鄙な田舎屋敷の不吉な見取り図や、殺人に取り憑かれた村の手がかりが隐された地図を、私はどれほど楽しい思いで眺めたことだろうか。)私の小説の中でいちばん堅固な家は、おそらく、『ケンタウロス』や『農場』に出てくる、小さくて壁の厚い砂岩造りの農家だろう。私はその家に住んだことがあり、床板から天井の古びた回り縁まで目の前に思い浮かべることができる。しかし、私が住んだ多くの家はほとんど私の小説の中の家にはならず、ウサギ連作に出てくるさまざまな住居は、子供の頃にちらっと見た、不思議にうらやましくなる他人の家を元にしている。 85

●観劇するダンスの不安
パフォーマンスとしてのダンスは、たとえどんなにみごとなものでも、見ていてつねにかすかな不安に苛まれてしまう ―― シューズがきしむのではないか、足も尻も筋骨隆々の男性パートナーが小刻みに震えるバレリーナの重荷を取り落とすのではないか、何かちょっとしたこの世の偶然がこの世ならぬ完璧さの効果を損なうのではないかと。 119

●野球というゲームは
長いシーズンで争われ、じわじわと容赦ない平均化にさらされる。 148

●テッド・ウィリアムズは返事をしない 162
(記録にも記憶にも残る強打者であり、人格もそれ以上に変わり者/ユニークだったテッド・ウィリアムズの、おそらく引退試合になるだろうと目されていたゲームをアップダイクはスタンドで観ていた。テッドはこの試合、あわやホームランという打球を打つが、外野手がキャッチする。伝説などそう簡単に目撃できるはずがないという無念さ、そして安堵とに観客が浸っている。テッドが最終打席を迎える)
断っておくが、我々その場にいた者たちもそれなりに理性ある人間である。ホームランが、望めば簡単に手に入るものではないことは知っている。しかるべき投球が完璧にバットで捉えられる必要があるし、おまけにその打球に運も乗っていなければならない。三つ前の回の攻撃では、みごとな試みが失敗に終わるところも目にしている。空気は湿気ているし、シーズンはもう終わったも同然。にもかかわらず、そんな見込みのなさを重々承知の我々の意識には死角があって、その小さなくぼみにはつねになんの根拠もない希望が潜んでいる。そしてこのとき起こったのは、スポーツの世界でときおり見られるあの現象、空気中に漂う高濃度の期待が未来から強引に出来事を選び取るという不思議な現象だった。
待たされたことによる動揺もあってか、フイッシャーの初球は低めに外れた。二球目はいいところに来て、ウィリアムズは強振、空振。その古典ともいうべきスイング、大きく滑らかで速いスイングをありのままに見せつけられて、スタンドがうめいた。フィッシャーが三球目を投げ、ウィリアムズはふたたび強振、そのときだ。打球は斜めに、一直線にセンター頭上の広大な空へと昇っていった。三塁べース裏の私の席からは、そのポールは飛行物体というより、たとえぱエッフェル塔とかタッパンジー・ブリッジのような、高々とそびえる不動の構築物の先端みたいに見えた。それは空を舞っているうちにすでに伝説だった。ブラントが外野の芝生のいちぱん深いいところまでバックする。ボールはそのグラブの先、ブルペンとフェンスが接している部分に当たり、重々しく跳ねて、消えた。
旋風に捉えられた葉っぱのように、我々の懇願を帯びた絶叫の中心で、ウィリアムズはダイヤモンドを一周した。ホームランを打ったときのいつもの走り方 ―― 笑み一つ浮かべず、うつむいて。ファンの賞賛というにわか雨から一刻も早く逃れたがっているみたいに。帽子には手も触れなかった。我々はみな足を路み鳴らし、涙を流し、彼がダッグアウトに隠れてからも、何分も「デッドを出せ」と繰り返したけれど、彼は戻ってはこなかった。スタンドの暄騷は数秒のあいだ、興奮を通り越して公の苦悩とでも言うべきものへ、嘆きの声へ、救済を求める叫びへと化していた。だが、不滅性とは分け与えることのできないものなのだ。新聞によれば、他の選手たちも、グラウンドの審判たちさえも、どうか出ていってどんな形でもいいからファンの声援に応えてくれと頼みこんだらしいのだが、彼はいやだと言ったそうだ。神々は手紙に返事を出したりはしないのである。

あらゆる実話はアンチクライマックスで終わる。グラウンドの選手たちは、この礼儀知らずと言いたいくらいだが、ウィリアムズの軌跡とともに煙と消えてはくれなかった。フィッシャーは投球を続け、それ以上の失点を免れた。その回が終わると、ヒギンズはウィリアムズをいったんレフトのポジションへと送り出してから、すぐにキャロル・ハーディと交代させた。そこで我々は、最後にもう一度ウィリアムズの姿をとくと拝むことができた。外野までの距離を走って往復する姿、ゆっくりと揺れるユニフォーム、じっと地面に落とした目。気の利いた演出で、もちろんうれしかったけれど、それでいて何か妙な後味が残った。
うしろの列のスコラ学者の片方が言った。「行こうぜ。もう見るべきものは見た。せっかくのあれをだいなしにしたくない」。美学的に言えば、これは正しい判断であるように思えた。完璧に選び抜かれたウィリアムズの最後の言葉、期待と狙いと仕上げの絶妙なる融合、そのあまりのみごとさに、私の頭の中では早くも起こったことの現実味が薄れ始めていた。楼閣が崩れる前にさっきと逃げ出すにしくはない。ところが試合が、照明の弱々しい光の下、不器用な小人たちが繰り広げている試合が何やら私の注意を引き始めて、結局最後まで通路をぶらつくことになった。ウィリアムズのホームランの結果、瑣末なことではあるが、スコアは四-三となっていた。九回の裏、一死から、あのお手玉好きの二塁手マーリン・コートリーがシングルヒットで塁に出た。代打のヴィック・ワーツが左翼フェンス直撃の二塁打で続き、コートリーは三塁へ。パンプシー・グリーンが歩かされて満塁。ここでウィリー・タズビーはサードに併殺コースのゴロ、ところが元レッドソックスの内野手ビリー・クラウスがその本来の持ち味を発揮して、回転スローで一塁に大暴投、レッドソックスのダッグアウトにボールを放りこんだのだった。五-四でレッドソックスの勝利。帰宅途中のカーラジオから、ウィリアムズは最後まで我が意を貫き、ニューヨーク遠征には带同しないことに決めたというニュースが流れてきた。彼はすべてのスポーツ選手を待ち受ける小さな死を迎えたのだ。引退という名の死を。

●書評家としての信条(訳者の解説から) 279
アップダイクは職業的書評家として自分に課していた規律を五項目挙げている。それを要約して紹介すれば次のとおり。

一 著者の狙いを理解しようとすること。著者が狙っていないことを達成できなかったからといってけなしてはいけない。
二 作品の文章はどういうものか、読者が直接に判断できるように、一つは長めの引用を入れること。
三 いい加減な要約をする代わりに、どんな本かという記述を引用で裏打ちすること。
四 あらすじはそこそこにして、結末をばらさないこと。
五 対象本がいまいちだと思ったら、作者の同工異曲の作品でうまくいった例を挙げること。

さらにこれに統けて、アップダイクは書評の心得として次のような点を補足する。「体質的に嫌いだったり、友達付き合いで好きにならざるをえないような本の書評を引き受けない」。「評判ではなく、本そのものを書評せよ」。「けなして読むなと言うより、褒めてすすめること」。そして、書評家と一般読者との交感は読書の愉しみという前提に基礎を置くものであり、本の善し悪しを見分ける力は曲線を描いてすべてその目的地へと向かわねばならない、とアップダイクは説く。


2015_0813








めめ


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